アクマイザー

JUNK2008


◆V1速度

子供の頃、アイオロスと飛行場を見に行った事がある。
子供といっても私たちは黄金聖闘士だ。聖域では既に任務を与えられ、一人前の戦士として扱われていた。
その飛行場へ赴いたのも任務帰りだったように思う。
アイオロスは少年の例に洩れず、飛行機という人工の乗り物を好んだ。
そして私は、彼と一緒の時間が長引く事を期待した。
利害の一致した私たちは、ほんの少しだけ二人で手をとり合い、滑走路の見える場所へと寄り道をした。
アイオロスは飛行機についていろいろ話してくれた。
「離陸には、臨界速度というのがあるんだ」
走り始めた飛行機を金網ごしに眺めながら、彼は目を細めた。
「その速度になってしまったら、もう飛び立つしかない。そこでブレーキをかけてもタイヤがもたないし、滑走路も足りない。大きな飛行機ほど、やり直しが利かない」
「では、射手座の方が便利だな。どこからでも自由に飛びたてるし」
そう答えたら、アイオロスは目を丸くして、それから爆笑した。どうも返事のピントがずれていたみたいなのだが、よく判らない。
私は本気でそう思ったのに。
飛行機の臨界速度の事をV1速度と呼ぶのだということも、その時に教わったのだった。
私はアイオロスの教えてくれた言葉をずっと覚えている。


「そう、そしてアイオロスはこうも言った。臨界速度に達していれば、必ず飛べるのだと」
もう一人の邪悪な私がニタリと笑う。
「邪魔な教皇は始末した。心配の種であったカノンも消えた。女神殺害には失敗したが、アイオロスの排除と女神の放逐には成功した。なあ、ここまでお膳立てをしてやったのだ」
まくし立てながら、闇の哄笑は次第に大きくなっていく。
「やりなおしは利かない。もうお前は諦めて高みへと飛び立つしかあるまい!この世界を支配する頂点へと!」


私達はアイオロスの言葉を忘れない。
だから、どんなに現実の表層を飾り立てても、奥底では思うのだ。

飛びたてたのはアイオロスだけで、私達は離陸に失敗したのではないかと。


2008/9/14

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