アクマイザー

JUNK2008


◆水入らず

「随分と人間に懐かれたものだな」

タナトスの離宮を訪れていたサガが帰っていくと、ヒュプノスが入れ替わりに現れて、感心したような呆れたような呟きを零した。
死の神であるタナトスは、人に好かれるということがあまり無い。また、タナトス側もその残虐な性格と人間軽視の思想から気に入らぬ者をすぐに殺してしまうため、ヒトとの関係が長続きするということがない。そもそもタナトスが飽きもせず人間ごとき(しかも聖闘士)の相手を続けているという事が珍しい。

「フン、あれを懐いたと言うか」

タナトスは鼻で笑った。自害した過去を持つサガは、確かに死の神に惹かれて時折冥府へとやってくる。それは好くというよりも、強制的な負への引力だ。因果に縛られていると言っても良い。それほど自殺した魂は傷つき捻じ曲げられる。たとえ死の選択にどのような理由があろうとも。
サガは自分でそれを判っていて、それでいてその因果に抗わないのだ。聖戦後の彼は、自身の幸福に対して全く執着がなかった。それどころかタナトスによって身体や魂を痛めつけられる事を望んでいるようにも見えた。そのこと自体が最大の歪みと言えるかもしれない。

「それでも、もしもお前があの双子座の聖闘士へ愛を囁けば、あの男は靡くだろう」

それもまたある程度真実だった。因果の枷があるとはいえ、サガはどうでも良い相手に付き合ったりはしない。相手がたとえ神であってもだ。
ヒュプノスはじっとタナトスを見た。タナトスは肩を竦める。

「馬鹿を言うな。下らぬ暇つぶしでラグナロクを引き起こすつもりなどないわ」

神は基本的に嘘をつけないし、約束を破ることも出来ない。禁忌を破った神は凋落する。嘘と知った上で心の篭らぬ愛を口にした時、神力は枯渇してゆく。そしてそれは他の神々や、神の支配する世界にも影響を及ぼす。タナトスはそのような愚を、たかが遊び道具相手に犯す気は毛頭無かった。

「愛はなくとも、気に入ってはいるのだろう。あまり人間をいたぶるな」

なおも言い募りクギをさした半神へ、タナトスは煩いとばかりに神酒を取り出した。
「説教などいらん。それにヒュプノスよ…そう言いながらも、お前は楽しそうではないか」
「何故、そう思うのだ」
「お前の機嫌も読めぬ俺だと思うか。何か嬉しいことでもあったか」
己の感じた直観を事実として譲らないタナトスに対し、敵わぬとばかりヒュプノスは苦笑した。
「何でもない…お前の短気に付き合えるあの人間に感心していただけだ」
「お前の嫌味と説教に付き合える俺のことも感心して構わんぞ」
たわいも無い応酬が続いていく。このたわいもない会話は神の産まれた創世期から変わらず、そして今後も永劫に宇宙が果てるまで続いていくのだ。
(人の子よ、神の無限の愛を受け止めるのは、神にしか出来ぬ)
ヒュプノスはタナトスからの杯を飲み干しながら、そう考えた。


2008/5/27

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