アクマイザー

JUNK2008


◆神の疵

「どうしてあの時、タナトスに加勢しなかったんだ?」

双児宮で卓を囲むのは、宮の主であるサガと星矢、そしてヒュプノスという異色の組合せだ。
聖域の深部へ他界の神が簡単に訪れるのは防衛上どうなのかという意見も多いのだが、最近は慣れてきたのか、黄金聖闘士クラスの同席と女神の事前許可さえあれば、まあ良いだろうという雰囲気になっている。
中でも冥界の双子神やその属神眷属は、比較的人界へ足を運ぶほうだ。
女神に冥界を破壊されたため、地上へ湧き出しやすいという理由もあるが。

ヒュプノスは、瞳孔の定かでない金のまなざしで星矢を見た。
「短慮とはいえ神であるタナトスが人間一人を相手にするのに、私が手助けを?」
柔らかい冷たさとでもいう声色で返された言葉に、星矢はアレ?という顔をする。
「人間を軽視しないとか言ってなかったっけ」
「私はな」
そう話すヒュプノスの身体からは、常に金の小宇宙が揺らめいては沈んでいく。
それは確かに人を甚だしく凌駕する力を秘めていた。
横からサガが控えめに口を挟んだ。
「失礼とは思うが、私も伺いたい。貴方とタナトスは双子神であるという。半身の危機に手を出さなかったのは、タナトスの力を信じていたからだろうか」
サガもまた同じ双子として、その関係は気になるところだった。
そのあとを星矢が続ける。
「あ、やっぱ一対一の戦いには手を出さないとかそういう?」
ヒュプノスは星矢とタナトスの戦いに手を出さなかったものの、神聖衣の出現に反応してその場に駆けつけたことは間違いない。
星矢やサガのような聖闘士的感覚では、『死にそうな仲間を助けるのは当たり前』『しかし一対一の戦闘に横槍は入れない』という思考経路が自然だったので、ヒュプノスもまたそうなのだろうと予測したのだった。

ヒュプノスは首を振り、どう説明したものか少し考えていた。
それから変わらぬ語調でゆったりと答えた。
「神にとって、疵は僅かであれ致命的なものなのだ」
星矢とサガは顔を見合わせる。
「だったら尚更助けが必要じゃん?てか全然そんな弱く見えないけど」
単純に聞き返す星矢に比べると、サガはどこか納得の色を見せた。
「身体の疵ではなく、神を神たらしめる魂への疵が致命的であるということだろうか?」
眠りの神は頷いて、テーブルの上に置かれている焼き菓子を指に摘む。
「人の性質が千差万別であるように、神の性質もまたそれぞれ異なる。それゆえ、どのような事柄が存在を脅かすのかもまた異なる。だが、共通するのは永劫の命…神には死によるリセットが許されていない」
眠りの神が発した言葉の最後あたりで、サガは二人に気づかれぬほど僅かに目を伏せたが、直ぐに視線を戻して尋ねた。
「倒される屈辱よりも、たかが人を倒すのに他者の手を借りる事の方がタナトスの疵になるという事か」
「私はそう思っている。そして神は変わらぬゆえに、自身では1度受けた疵を治す手段がない。屈辱を無かった事に出来ぬ以上、それは永遠に刻まれる罰のようなもの」
「ええっと、つまり神様は死なないから、一度プライドが傷ついたら大変ってことか?」
物凄く簡略化して理解した星矢は、神様って面倒くせーのなと呆れている。
「ハーデス様が僅かな傷でご自身の肉体を隠されたのも、元を辿ればそういう事なのだ」
そもそも、神が人によって傷つく事自体がありえないし、許されない事なのだとヒュプノスは言う。
「それでは誰が神を癒すのだ」
優しさを含んだサガの問いへ、またヒュプノスは考えこむ。

「我らを奉る人の愛…だろうか。それゆえタナトスにも人間を無碍にするなと常々諭しているのだが」

それに気づかぬ限り、アレの回復には時間がかかろうなと事もなげにいう眠りの神を見て、サガと星矢は『神の兄弟感覚は良く判らん』という結論に達したのだった。


2008/2/5

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