アクマイザー

JUNK2006-2007


◆頼れ


コホ…と喉から掠れた息が洩れて、カノンは自分が風邪を引き始めていることに気がついた。
聖域と海界、二束のわらじを履いての聖戦後処理は、黄金聖闘士の体力をもってしても、流石にオーバーペースだったのかもしれない。季節は冬へ近づき、ギリシアの乾燥した空気が肌寒い。どこかでウイルスを拾ってきたのだろう。

カノンは自分の健康管理の不備を反省しながらも、まず今日からの宿をどこにすべきか頭を働かせた。
復興で忙しい聖域や海界へこのウイルスを持ち込んで、広めるわけにはいかない。特にサガに感染させるわけにはいかない。

双子座はスペアのあることが強みの聖闘士だ。
聖域に来てからのカノンとサガは、どちらかが風邪を引くと、病んだ片方が隔離された。二人で寝込んでしまっては、一人の存在を隠してまでスペアとした意味が無いからだ。
必ずどちらかは戦場に立てるように…それが双子座の取り決めだった。
健康なもう一人まで感染しそうになったときは、病に伏せる方が小宇宙を渡してそれを防ぐ。当然、片方の病による苦痛は深くなったが、相手と共倒れになるよりはマシだ。
聖衣を継いだ後も、その習慣は当人達によって続けられた。

宿の当てなど無かったので、ラダマンティスの処へでも押しかけるかとカノンは考えかけて止めた。冥界ではウイルス感染などないかもしれないが、復興に関して一番忙しいのは、界自体が一度破壊された冥界の気がする。
それに、そこまであの男に甘えてよいものかどうかも判らなかったので。

「その辺の廃屋でいいか」

カノンは無難な線で妥協した。昔はよくそうしていた。
寝台は朽ちた長椅子、または床。薄汚いカーテンでもあればシーツ代わりに被って、寒さを防ぐ。あとはひたすら体力の回復を待ち、わずかな小宇宙で治癒に専念する。食事は摂らない。
そんな野の獣みたいな休息でも、一週間もあれば殆どの病気は治った。
サガも病の折には姿を隠し、決して気配を感じさせなかったので、似たような過ごし方をしていたのだろうとカノンは思う。
二人にとって、それは当たり前のことだったのだ。
熱が上がってきたのを感じ、カノンは海辺の小屋へと飛んだ。

夏の間だけ使われているらしい漁師小屋は、潮風が板間から吹き込んだ。
それでも野宿よりは全くマシだった。
ごろりと板敷きの床に転がり、カノンはそのまま直ぐに目を閉ざした。さっさと治して仕事へ戻るためだ。
単なる風邪であれば、二日もあれば治るだろう。
微量の小宇宙で身体を覆う。気配を消す。あとは寝るだけ。
熱でぼんやりしだした思考の中で、カノンは久しぶりの無断外泊だなと考えた。


なのに、目を覚ましたら彼は暖かい布団の中にいた。
見覚えのある部屋、そこは双児宮だった。
直ぐ隣にはカノンと同じ顔をした兄が、少し怒ったような顔をして見下ろしている。
どうして、と問おうとした唇はサガの指先で押さえられる。

「まだ喉が痛むはずだ。黙って寝ていなさい」

サガはテーブルにおかれた水盥で布を絞りカノンの頭へと置いた。
冷えた柔らかさが、優しく熱を吸い取る。
カノンは目線だけで、何故だとまた問うた。
サガは視線をそらして呟いた。

「…これが当たり前の在り方だろう」

カノンの目がぱちりと瞬く。サガが双子座のしきたりを破るとは思わなかった。
その感想へ答えるかのように、サガは苦笑した。

「お前が伏せる間、私は絶対に何にも負けない。だから、安心して休め」

病にも倒れぬとサガは言う。
無敵を宣言されて、カノンは初めてこの兄を頼っても良いのかもしれないと思った。

2007/12/16

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