アクマイザー

JUNK2006-2007


◆エラステース

談笑していたアイオロスが、突然黙り込んだと思ったら、私の目を真っ直ぐに見た。
「サガ、君が好きだ。ずっと好きだったんだ」
その瞳は怖いくらい真剣で、冗談だろうと流しかけた言葉が止まる。
「今の俺は14歳で、大人のサガには不釣合いかもしれないけれど」
「い、いや、そんな事は無い」
ロスはどう見ても14歳には見えないから。いや、問題はそんなことではなく。
「俺はね、昔からサガの全てが欲しいと思っていたよ。心も身体も」
「そっ…そうなのか」
動揺のあまり頭が回らない。大人の威厳などどこへやら。
私もロスが好きだ。しかし、ロスの言う意味はもう少し深い気がする。
心も身体もって…ええ?身体もか!?
「えっ、ええと、つまりアイオロスは、私をエラステースとして選んだという事なのか」
ギリシアには優れた成年男子が、少年を導く制度としての青少年愛があった。
その際、成年側をエラステースと言い、愛される側をエローメノスという。
神話の時代から続く聖域には、旧来のままの慣習が伝統としてなくはない。
「うーん、ちょっと違うけど、そういうのがサガ的に判りやすいのなら…」
ちょっと違うだけで、やはりそうなのか。
「私にお前を抱けと言う事だな?」
「…は?」
「このサガ、お前に相応しい男ではない。そ、それに心の準備が」
「ちょっと待ったサガ、それは大分違う!!」
「違わない。私はかつて自分に負けてお前を殺した男で」
「否定部分そこじゃないから!」
「すまない、アイオロス。少し考えさせてくれっ」
「ちょ、サガ待って!」

逃げたと言われても仕方が無いが、私は彼を振り切って双児宮に駆け込んだ。
宮の周囲には迷宮を張り、誰も入ってくることが出来ないようにする。
アイオロスは直接心話で声を届けようとしていた。しかし、その小宇宙も遮断した。
「はぁ…」
頭を抱えるようにしてソファーに腰を下ろした私の前へ、タイミングよく珈琲が差し出されてきた。カノンだ。
「それを飲んで少し落ち着け」
カノンは能面のような顔をしている。しかし双子である私には判った。これは、何かを隠そうとして無理に表情を抑えている顔だ。
「見ていたのか」
「そりゃ、宮の目の前で漫才繰り広げられたらな」
…カノンは笑いを抑えているのだ。おかしくて悪かったな。
「わ、笑いたければ笑え」
「いいのかよ。じゃあ遠慮なく」
言ったとたん、本当にカノンが腹を抱えて笑い出したので少し傷つく。
「はははっ、本当に兄さんは馬鹿だから好きだ…って睨むなよ」
「お前はヒトゴトだと思って!」
「いや、他人事じゃない」
「どういうことだ?」
カノンは笑うのを止めて私の顔を見たが何も言わない。
気になるが、今は弟のことよりもアイオロスだ。

「どうしたらいいだろう」
「サガ、お前はどうしたいんだ?」
「その…光栄だし嬉しいが…しかし…」
私はロスと肌を合わせたいのだろうか。出来ない事は無いと思う。
脳裏で想像してみる。私と彼が…
「うわああああああああ!」
思わず叫んだ私に驚いてカノンが一歩引く。
「急に大声出すなよ!なんだよ一体!」
「ななな何でもない」
あんまりリアルな図が頭に浮かんだので自分で驚いただけだ。
赤くなった顔を片手で隠すように覆う。カノンが呆れたようにため息をついた。
「なあサガ、何も一足飛びに肉体関係を考えなくて良いんじゃないか?」
「え…」
「お前がエラステースってのなら、まずは奴を鍛え導くのが役割だろ」
「……」
「奴を殺して成長を遅らせた罪があると思うのなら、今のお前の持てる技量や知識を尽くして、あいつの力を伸ばしてやるのが義務ってものじゃないか?」
「……」
そうだ。カノンの言うとおりだった。
下賎な心配を優先させた自分が恥ずかしくなる。
私のせいで14歳のまま蘇生されてきたアイオロスに、本来13年間の年月で培えるはずだった全てを教えるのは、最低限とるべき責任だ。
自分などがアイオロスに選ばれるに足る人間だとは思わない。だが、それはそれとして、私は責務を果たさねばならない。

迷いが抜けた気がして、顔を上げてカノンを見た。
「お前の言うとおりだ…修行以外で時間をつぶす暇などはないな!」
「ああ、そうだぜ。何せ奴は次期教皇となる男だし」
「ありがとう、カノン。お前に諭される日がこようとは…」
「まあ、出来るだけ厳しく鍛えてやれよ。アイツ、特に座学関連弱いようだし」
カノンのほうが大人なのかもしれない。
立派な事を言っているのに、何かニヤニヤしているのが多少気になるが。
明日からはこの身も心もアイオロスの特訓のために捧げよう。

「さっそく、明日からのスケジュールを作ってみる」
そう言ったら、何故かカノンにまた「兄さんは馬鹿だから好きだ」と笑われた。


2007/10/25

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