アクマイザー

二日酔い


「兄さん、ちょっとそこへ座りなさい」

早朝の双児宮、カノンがサガへ話があると告げた。
窓の外には晴れやかな空が広がり、鳥の声も聞こえてくる。その爽やかさとは対照的に、サガはといえば、まだはっきりしないボンヤリとした表情で、いかにも寝起きの様相をみせていた。
珍しく髪も乱れていて、常の身だしなみ整った彼からは程遠い。

「朝早くからなんだ。それはいつもの私の真似のつもりか…悪いが声を抑えてくれ、頭に響く…」

サガはだるそうな素振りで頭を抑えた。見るからに二日酔いだ。
カノンは言われたとおり声を穏やかに抑えたものの、引く気は一向になさそうだ。

「お前はむかし、二日酔いするほど飲むのは自制が出来ぬ証拠だと、酔って朝帰りしたオレに説教したろう。いや、今はそのような事はどうでもよい。昨日のアレは本当なのか」
「アレとは何だ…それよりみずが欲しいのだが…」

弟はため息をついて、用意していた水差しからグラスへと冷えた水を汲んでやる。
サガは動きだけは優美にそれを受け取ると、ゴクゴクと一気に飲み干した。もう一杯とカノンにねだり、注がれたそれを半分ほど喉へ流し込んで、ようやく落ち着いて弟の顔を見る。
十三年間のサガは正体を無くすほど飲むような隙は作れなかった。そのように気を許して飲めるのは、ある意味幸せな状況だとはカノンも思う。しかしだ。

「何だ、じゃあない。お前…本当なのか」
「だから何がだ」
「お前が男と寝たことがあるというアレだ」
サガは目をぱちりとさせた。
「何故お前が知っているのだ」
「覚えていないのか!自分で言ったんだろ!」
「大声を出さないでくれ、響く…」
またサガが顔をしかめて頭を抑えた。そして軽くため息をつく。
「酒とは恐ろしいな。まったく覚えておらぬが、この私がつまらぬ私事を酒の肴に提供するような愚行を犯したということか。此度の事で酒量もわきまえたことだし、今後は控える事にする」
自省はしているものの、それほど深く捉えている様子には見えぬ兄の反応に、カノンはあっけにとられた。
「寝たことの否定は、しないのか」
「別に隠すような事でもあるまい…?」
不思議そうにサガが答えるので、カノンは更に絶句した。どうもこの兄は世俗に疎いだけあって、一般的な感覚を理解していないようだ。反応がズレている。それとも故意なのか。
「いつだ!シュラ達が知らなかったってことは、オレが不在の頃の聖域での事ではないだろう。まさかその前か!?」
「カノン、また声が大きくなっている…」
サガは自ら水差しを手にして、またグラスに水を注ぎ足した。
「流石にそこまで幼い頃に経験など無い…しかし、何故そのようなことを気にするのだ。兄弟とはいえ、お前に話さなくてはならぬような事でもあるまい」
「っ…それは、そうだが」
ぐっと拳を握り締める。
それでも知りたいのだ、とカノンは表情と視線だけで伝えた。
サガは冷えた水の入ったグラスを頬に当てている。ひんやりとした感触が心地よいのだろう。目を閉ざして…上手くカノンの視線から逃げた。

「サガ!」

思わずカノンの声が荒くなる。
サガは目を閉ざしたまま溜息をつき、『冥界で』と答えた。

(2007/8/23)


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