アクマイザー

JUNK2006-2007


◆悪霊

ハーデスとの聖戦で阿頼耶識を発動させた黄金聖闘士たちは、死の世界のことわりに縛られる事なく、また女神の守護も得て無事に地上へと戻る事が出来た。彼らは死から蘇生したと言うよりも、『死んでいなかった』というのが正しいだろう。
しかし、聖戦時点で既に死んでいた者は別だった。
彼らの魂は静かに地底へ留まり、輪廻の輪に加わる時を待っている。現在の冥界は以前と異なり、死した聖闘士に過酷な処遇を与える事は無い。彼らはゆっくりと自我と記憶を失い、新しい生に向けて溶けていく。
悲しむのは贅沢というものだろう。もともとそれが死者としてあるべき転生のプロセスなのだ。

「それは私とて例外ではないよ」

それゆえか、サガは穏やかにカノンを見た。
サガは死者でありながら、聖域にいる。
双子座の弟は、聖戦後にサガの魂を冥府で見つけると、有無を言わさず黄泉比良坂を通して巨蟹宮へと連れてきたのだった。そして、巨蟹宮が最も死者の気を保つのに適していたことや、自宮の隣という便利さも相まって、そのままデスマスクの住まいに預けられている。
カノンは毎日のように巨蟹宮を尋ねた。本当は双児宮に連れ帰りたいのだが、それでは死者の浄化の進行が早くなってしまう。生命の流れに反した事と判っていても、カノンはサガを留め置いた。

「もう私のことなど忘れて、聖闘士としての勤めに専念しなさい」

地上へ連れ出されたサガの肌は透き通るように白かった。仮の姿を形作る霊体には血が通っていないので、その肌へ触れるとひんやりと陶器のように熱が無い。
カノンはサガの腕を掴むと自分の方へ引き寄せた。

「嫌だ」

だって約束したではないか。死ぬ時は一緒だと。
乱暴にサガの頭を胸に抱く。サガは黙って頭を預ける。
この頃のサガは逆らう事をしなくなった。そういった意思の発露が薄くなってきているのだった。そのうちに言葉を発する事もなくなり、サガである事もやめて、彼岸へ旅立ってしまうに違いないとカノンは思った。
今ならオルフェウスの気持ちがよく判る。

「ずっとここにいろ」
「言っているだろう?私は消えてもその意思は聖衣に宿り、お前を守ると」
「オレが居て欲しいのはジェミニのサガじゃなくて、オレの兄だ」

そう言っても、サガは陽炎のように笑うだけだった。


カノンが帰ると、呆れたような顔をしたデスマスクが戻ってくる。
一応彼は気を遣って、兄弟水入らずの時間を作ってやっているのだった。
「私は、良い弟を持った」
サガが今日もデスマスクへと自慢する。巨蟹宮の主は肩を竦めて受け流した。
「お前さ、早くカノンを解放してやれよ」
死者であるサガは、深淵を含む瞳でデスマスクを見つめ返す。だが口元は笑っている。
「嫌だ」
デスマスクはそんなサガに溜息をついた。サガは大分変質していた。陰の気だけで形作られている死者というものは生者を喚ぶ性質がある。通常はそういった陰の部分は冥界で浄化されていくのだが、地上に連れ出された魂は、邪気なく負を発散する。
「私も、カノンの傍に居たいのだ」
サガはまた笑う。相手を引き寄せたのは、どちらだったのか。

「あんまりカノンを惑わすようなら、俺がまた冥府に送り返すからな?アンタを悪霊にはしたくない」
デスマスクは一応クギを刺しておく。サガは彼にも綺麗な笑みを向けた。
「お前のそういう優しさが、私は好きだよ」
「俺まで惑わせようとすんな。まあ、アンタも優しいさ。本当なら弟を連れて逝きたいところを、抑えてるんだろ」
「…どうだろうか」

デスマスクはまた溜息をつく。矛盾だらけの光と闇を併せ持ったサガは、もう悪霊になってしまっているのかもしれないなと思った。


2007/9/3

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