JUNK2006-2007
◆真言
「お前は、誰だ」
カノンは目の前にいるサガの顔をした黒髪の男を睨んだ。
カノンの兄と同じ顔でありながら、その兄とはまったく異なる表情をした男は、カノンの問いに薄く微笑む。
「私を喚んだお前がそれを言うのか?」
指先がカノンの頬へ伸ばされる。輪郭をなぞるように優しくゆっくりと動いていく。
何か大切なものを扱うかのように。
しかしそれは表面上だけだとカノンは思った。
獲物を物色するような剣呑さと愉悦が赤い邪眼に浮かんでいる。
手を払いのけようとして、だがカノンは動けなかった。
男はなおもカノンへと近づくと、息が感じられるほどの距離にまで顔を寄せる。
「お前は、このサガに自分と同じものであって欲しいと願った」
サガも、悪を好む自分と同じ場所に。
せっかく神から授かった力を、自分だけで好きなように楽しむのもつまらない。
聖人面した兄もつまらない。
二人で好きなように生きることが出来たら。
そうしてカノンは常にサガへ悪を吹き込んできた。
だが、このサガは本当に自分の願ったサガだろうか。
「お前が私を望んだのだ。だから…」
頬を撫でていた手が首元へ下りていく。カノンの首筋をするりと滑り落ちたその手は、柔らかく喉を掴むようにそえられた。
カノンには相手が蛇のように感じられてならなかった。じっさい、この黒髪の男の気まぐれで、いつでもその指は牙となって喉を食い破るだろう。
それでも、カノンの力を持ってすれば反撃も可能なはず、だった。
「だから、今度は私がお前を望んでも良いだろう?」
唇を軽く啄ばまれる。
ああ、駄目だ。とカノンは眼を閉ざした。
「サガ」
カノンはとうとうその男を兄の名で呼んだ。
2007/7/3
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