アクマイザー

JUNK2006-2007


◆過去の幻影

13年前は兄のことを生真面目すぎで肉親への情の薄い偽善者だと思っていた。
カノンは目の前で紅茶をいれているサガを見た。
こうして蘇生してみると、改心した自分へのサガの態度はかなり丸くなっていて、何だか落ち着かない。
いや、丸くなったというよりもこれが本来の兄なのだろう。昔は怒られてばかりいたし、距離が近すぎて客観的に互いを捉えることが出来なかったから、判らなかったのだ。

サガがそっとカップを差し出してきた。強めのダージリンの香りが漂ってくる。
「アフロディーテが紅茶を土産に持ってきてくれたのだ…味はどうかな」
「ああ、悪くない」
一口含んでそう答えた。
料理の下手なサガだが、紅茶だけはそれなりに美味しく淹れる。
サガは「そうか」と言うと静かに微笑んだ。

昔のサガのような、不自然なほどの曇りない慈愛の微笑み(オレにはそう見えた)には耐性があるが、今のサガのこういう顔は反則だろと思う。昔の方がまだ良かった。

サガは昔のようには笑わなくなった。常に遠慮がちな憂いに満ちた面差しで、どこかこの世を見ていない笑み方をする。
蘇生したとはいえ一度死んだオレ達は、もう生者ではないのかもしれない。しかし、黄金聖闘士の中でもサガからは特に生きている人間の匂いがしないのだ。

今のサガは贖罪と女神のためだけに存在する人形のようだった。

「なあサガ、オレと寝てみないか?」
唐突に言葉が口をついた。
考えるより先に口にしてしまうのはオレの悪い癖で、昔はそれでスニオン岬へ送られたのだが、サガは昔のように怒ったりもしなかった。
サガは手にしていたカップをソーサーへと置き、指先でその縁を弄んでいる。
答える気が無いのかと思ったら、しばらくしてぽつりとどうでも良い事のように呟いた。
「それも良いかもしれないな」


今なら判る。あの神のようなとまで言われた笑顔は、奇跡のような一瞬だったのだと。
悪心を身に秘めつつもそれに負けずに生きようとした兄を、過去のオレは哂ったのだ。

砕けてしまった宝石を手にしたオレは、どうしていいか判らず黙って紅茶を飲み干した。

2007/5/18

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