アクマイザー

JUNK2006-2007


◆アキラル

アイオロスの目の前で、女神を殺そうとしていた教皇がゆっくりと顔を上げた。
拳圧で飛ばされた仮面が派手な音を立てて床を滑っていく。
黄金の短剣を片手にアイオロスを見つめたその顔は、どこか壊れた人形のように場違いな微笑を見せた。

「な…お前は、サガ!?」

口の中がカラカラに乾いていた。数日前に姿を消した親友が、こんな場所で教皇の姿をしている。そして女神を殺そうとしている。
瞬時に彼は理解した。本物の教皇は、おそらくもうこの世にいない。
女神を抱いた腕に、無意識に力が篭った。今生の女神はいまだ赤子。たった今サガの振り上げた剣の下から救い上げたばかりだ。
黄金聖闘士の最高峰の力を持つシオンが消えて、サガが敵として相対するのならば、聖域に頼れる相手はいない。アイオロスがこうして駆けつけて庇わねば、アテナもシオンの後を追っていたのだ。
ゾッと背筋がそそけ立った。

「何故だ!こんなことを君がどうして、」

友であったはずのサガは、記憶にあるように神のような笑みを浮かべたまま、けれどもアイオロスの視線を通り越してその後ろを見ている。
そうして、その場の緊張感とは裏腹にゆったりと言葉を発した。

「すまない、気づかれてしまった」

それが自分に向けられたもので無いことは、すぐに判った。
背後に誰かがいる。サガはその誰かに話しかけている。
このような至近距離まで、黄金聖闘士である自分に気取られず気配を殺せる存在がいることに驚愕が走り、それが敵であることに絶望が走る。
いや、自分はその小宇宙に気づかなかったのではない。
その事に気づいたアイオロスは眩暈を覚えた。背後の小宇宙は、目の前のサガとまったく同一のものだった。だから一人しか居ないかのように錯覚させられていたのだ。

「構わないさ。そいつも始末するつもりだったんだ。手間が省けていい」

声のする方を咄嗟に目で追う。最悪の予想通り、そこにもサガがいた。正確にはサガと同じ顔の誰かだ。六感を超えた何かが、それはサガではないと告げていた。
その男はちらりとアイオロスを見ると鼻で笑った。

「女神を引き渡すのなら、命だけは助けてやってもいいぜ?」
「ふざけるな!君は誰だ、サガに一体何をしたんだ!」
「人聞きが悪いな。オレは兄さんの心に眠っていた願望を引き出してやっただけだ」

男は攻撃的な小宇宙を高めていく。周囲にはサガによる結界が張られていて、神官も侍従たちも教皇宮での異変に気づく様子は無い。

「カノン、私が殺そうか?」
食卓で塩を取ろうかと聞くごとくに、サガが尋ねる。
サガの弟はカノンと言うらしい。弟の存在をサガは1度も話してはくれなかった。
カノンと呼ばれた男は口元を歪めて笑ったが、サガのその申し出は却下した。
「兄さんは教皇なのだから、オレが指示する以外のことは、何もしなくていい」
アイオロスはギリ…と歯を噛みしめた。
このような場でなかったら、友の教皇姿をどれだけ喜んだことだろう。
シオンが何と言おうと、自分はサガこそがその地位に相応しいと思っていた。

カノンがジェミニ最大の必殺技の姿勢をとる。技までサガと同じらしい。
アイオロスは腕の中の女神につぶやく。
「必ずお助けします」
言い終わるやいなや、破壊と言う名の力が閃光となって襲い掛かってきた。自分も瞬時に極限までの小宇宙を放ち、星をも砕くギャラクシアンエクスプロージョンの威力を削ぎ落とす。
だが、射手座の聖衣なしに相殺しきる事はさすがに不可能だった。
自らの肉体を盾に、防御はすべて胸に抱くアテナへまわし、側面の壁を破壊してそこから外部へと逃れる。
今の攻撃でかなりの骨をやられたようだが、そんな事を気に留めている暇はなかった。
そのまま呼吸の間もおかず、光速で翔けた。


「逃げられてしまったが、良いのか?」
教皇宮の壁に開いた巨大な穴をみて、サガが弟に尋ねた。
アイオロスが逃げるだろう事に気づいていても、彼はカノンに言われたとおり何もせず、ただ見ているだけだった。
「フン、わざと逃がしてやったのさ」
それは、目の前で人を殺すことによって兄にかけた幻朧魔皇拳が解けてしまうと困るからであったのだが、そのような事を口にするはずも無い。
代わりに、サガの顔を覗き込んで優しく語りかけた。

「『アイオロスが教皇を殺害し、女神をさらって逃走した。次期教皇の内示を受けていた旨により、代行者としてアイオロスの誅殺を命ずる』…言えるな?サガ」
サガはこくりと頷いた。
「判った。あとは日を置き、お前をジェミニの黄金聖闘士を継ぐ弟として公表すれば良いのだな」
「頼んだぜ、兄さん。アイオロスは近場の山羊座にでも追わせろ」

サガが聖域中に発する討伐の思念派を聞きながら、カノンは床に落ちている仮面に気がついて踏み潰した。もうそれは必要の無いものだった。

(二人で世界を手に入れよう、サガ)

征服感に酔いしれつつ、サガを背中から抱きしめる。
その時サガの髪の先がわずかに黒くなったことに、カノンは気がつかなかった。

2007/5/11

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