三日目
三日目に、カノンが山小屋を訪れた
サガは昼食に使う水を汲みに離れた水場まで出かけていて、ちょうど留守の時だった。
「聖域から脱走したんだって?」
汗一つ無く高地を登ってきたカノンは、来るなりそんな事を言って、他人事のように笑っている。
そのようなつもりはないと説明しつつも、情報の速さに内心舌を巻いた。
カノンは現在、黄金聖闘士としての地位も持っているが、実質は海界を束ねるシードラゴンである。
生活拠点を海界としているはずの彼が、これほどまでに聖域の内情に敏いのは如何なものかと思う。
しかし、そう告げると
「相変わらずお前は真面目だな。だからあのアホ兄貴に振り回されるんだよ」
などと呆れたように言われた。今の話とどう関係があるというのだ。
「そもそも、どうしてこんな事になっているんだ?」
と聞いてくるので、事の流れを正直に話すと、カノンはますます呆れた顔になり、それから苦笑した。
「そうか、あの馬鹿が、自分から聖域を出たいと言ったのか」
「いや、俺の修行地を見たいと言っただけだが…」
反駁するも、カノンは長い髪をくしゃりとかき回し、トントンと足先で地面を鳴らしている。
どうにも落ち着かぬ内面を、抑えているように見えた。
「サガは昔から『何かをしたい』とは言わない奴だった。何かを望んだときには、もうそれはアイツにとって『実現すべく行動するもの』なのだ。まさに不言実行というのか?弟のオレにすら、自分の望みを明らかにしようとはしなかったのだぞ」
俺は黙って話を聞いていた。声も形もサガと同じ双子の弟は、まるで性格は異なるように見えながら、時折妙に仕草が重なっている。
「サガの奴、お前のことは頼みにしているようだな」
カノンはじっと俺の顔を見た。
カノンの言う不言実行の光のサガと、俺を振り回す闇のサガでは内実も異なるだろうし、頼みと言うのであれば、カノンの方が余程信を置かれているではないかと思うのだが、言い返しかけて何となくやめた。
サガが弟を巻き込まないのは、カノンには海界での責があるからだ。いきなりこのように気まぐれな隠遁生活を迫られたところで、カノンが困るのは目に見えている。それをわざわざ声にするのは詮無きこと。
カノンもその遠慮には気づいていて、だからこそ愚痴めいた言葉になっているのだ。
(本当は、カノンにこそ我侭を言いたかったのだろうに)
それが出来ないから、手軽な駒…後輩の俺を捕まえて、代わりの気晴らしをしているに違いない。
半年もすれば、きっとサガもこの生活に飽きると俺はふんでいる。このような鄙びた場所は、世界をも統べていた彼にとって、退屈しか生まぬ筈だった。
「そのサガだが、もう少しすれば此処へ戻ると思う」
答えることから逃げた俺に、カノンは気づかぬフリをしてくれた。
「いや、顔を見に来たわけではない」
茶を出す間もなく、もう帰るという。ならば一体何をしに来たというのか。
「愚兄が面倒をかけるが、宜しく頼む」
そうしてカノンは、本当に直ぐに帰っていった。
暫くして戻ってきたサガへ、カノンの来訪を伝えると「そうか」とだけ返ってきた。
何も問わぬ彼らの繋がりを、少しだけ羨ましいと感じる。
ささやかな昼食を摂り、午後は山羊の小屋をつくるための材木を切り出しに行こうと二人で決めた。
(2009/5/13)
[四日目]