アクマイザー

二日目


次の日は少しだけ忙しかった。
まずは二人で暮らしていくために必要なものを、麓の町まで買いに降りる。
昨晩の寒さを思い出し、「敷布はともかく掛け布は必要ですから、最初に布団を買いましょう」というと、サガは呆れたように「かさばる荷物は最後に買うものだ」と言い返してきた。
サガにそういった生活感があることに驚いたが、心を読まれたのか「私を何だと思っている」と睨まれる。
しかし、何となくサガは霞を食って生きているような印象があるのだ。
13年もの間、共に過ごしてきたにも関わらず、互いの生活を覗いた事は殆どない。そもそも、偽教皇として過ごしていたサガには、生活というもの自体が存在しなかったのではないか。シオンとして暮らし、シオンとして聖域を改革していくだけの毎日。私生活を楽しんでいる姿など見た事が無い。彼の全ては、聖域を強化し、その覇権を世界へ根付かせる為にあったと言っても良い。
サガは俺の顔を見て、「私を何だと思っている」とまた呟いた。

それにしても昨晩の寝床は狭かったと思う。少年の頃には充分すぎるスペースだと感じられていた寝台も、いい年をした青年二人を収めるには限度がある。あの寝台は作り直そう。幸い小屋には生活工具は残されているし、錆びた刃物は磨けばまだ使える。
そう話したら、「寝台に使った余り木で、棚や皿を削れるな」とサガは頷いた。
その日購入したのは、鍋が1つと二組のカップ、日持ちする野菜、何種類かの大きな布、そしてつがいの山羊になった。白と黒の二匹の山羊は、身体も大きく丈夫そうで、何より乳を沢山出すと市場の親父が太鼓判を押した。
山羊が山羊を飼うのかとサガは笑ったが、高地で飼うのならば牛よりも山羊がいい。乳はそのまま飲んでも良いし、チーズにもバターにも出来る(山羊乳は牛乳よりも脂肪球が少ないのでクリームへの分離が大変なのだ。加工のために分離機も買おうと後で思った)。
帰りは俺が大半の荷物を持ち、サガは山羊を追いながら付いてくる。
山羊飼いの真似事など初めての筈なのに、妙に家畜さばきが上手いと思っていたが、よく見ると、山羊が道を外れそうになった時には念動力で強引に軌道修正させているだけだった。
超能力を日常生活に使うという発想のなかった俺がそこでも驚いていると、サガは「慣れたらきちんと追い方を覚える」と多少バツが悪そうに、それでもツンと澄まして答えた。
急斜を歩き、道ならぬ岩場を伝うときには、二匹の山羊を念動力で運び上げあげていく。瞬間移動すれば早いのではないかと途中で気づいたが、なんとなくこの時間を失いたくなくて、そのことは黙っていた。
小屋からわずかに離れた山あいの中には、ほんの少しの平地がある。そこを耕し畑を作れば、二人分くらいの野菜は賄えるだろう。夕方までに山羊の為の柵を作り、サガには鳥でもウサギでも捕まえて来てもらえば、今日買ったばかりの鍋で立派な夕餉を用意できる。自活には慣れているので、今更困る事は無い。
そうだ、綺麗好きのサガの為にサボン草も採ってこよう。確か西の草原の方に生えていたはずだ。

聖域外で修行する聖闘士は、食住に関してほぼ自給自足だった。衣に関しても、聖域から支給されるものを使うか、師匠に手渡される僅かな給付金で揃える事が出来る。その給付金とて、自給にかまけて肝心の修行が疎かにならぬための支度金だ。贅沢する気がないのだから、寝るところさえ確保できれば、あとはどうにでもなるものだ。
聖域を離れたいま、給付金は期待できぬものの、暮らしていくのに困らぬ程度の蓄えはあり、昔と違って修行の為に一日の大半を費やさずともすむ。
自分の生活のために時間を使うことが出来る暮らしというのは、なんと恵まれたことだろう。
俺はサガを見た。サガは相変わらず、適当に山羊を追っていた。

この時間は夢のように恵まれいる。
けれども、星をも砕く彼の人の力が、こんなところで山羊追いなどにしか使われないのは、才能の無駄遣いではないか…と、どこかで少しだけ思った。

(2009/5/11-13)


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