アクマイザー

聖櫃の中


「今日はこの聖櫃に封じられてより、230回目の誕生日だ」
呟いたヒュプノスへ、タナトスが呆れの色を隠さぬ視線を向ける。
「お前、ずっと数えていたのか」
「することもないのでな」
確かにヒマではあった。神にとって数百年程度はものの数にも入らぬ年月であるとはいえ、なまじ能力値が高いぶん『何も出来ない時間』というのは、地味にこたえる。
二柱セットで閉じ込められたのが、唯一の僥倖だ。
少なくとも話し相手には事欠かないからだ。
「そのようなわけで、誕生日おめでとうタナトス」
棒読みに近い声で祝いの言葉を向けられたタナトスは、隠すことなく顔を顰める。
「ヒュプノスよ、死の神に対して生を祝うというのはどういう了見か。しかも230年目などという半端なところから祝われるのも気になるぞ」
「意外と細かい事を気にする…」
「喧嘩を売っているのではあるまいな」
言外に省略された”短慮のくせに”という台詞に気づかぬタナトスではない。しかし、睨まれたヒュプノスのほうは、どこ吹く風で穏やかに返した。良くも悪くもマイペースなのが彼だ。
「では、この聖櫃内での最後の節目だと言えば、お前も祝う気になるだろうか」
「何?」
タナトスの目が見開かれる。
「おそらく、あと半年もせず我らは解放される」
それは神としての予見であり、また、封印の残力と冥王復活の周期を計算した現実的な結果でもある。実際にパンドラが封を解き、ハーデスが生まれる9月まであと僅か。示唆によってその事に気づいたタナトスも、表情を和らげた。
「なるほど、生誕祝いではなく、出所祝いとでも思えば良いのか」
「そういうことだ」
ヒュプノスが軽く手を振ると、周囲にキラキラと星が降りだした。エンカウンターアナザーフィールドが発動されたのだ。
眠りの神には夢を現実の空間に具現化させる能力がある。聖櫃の中では本来の力の100分の一も発揮されることはないが、それでも目を楽しませるには充分な景色が出現した。
厳しい審美眼を持つタナトスも、目を細めて星屑の煌くさまを見つめている。
暫しの静寂ののち、タナトスがぽつりと零した。
「なあ、ヒュプノス」
「何だ」
「死の神としてのポリシーには反するが、お前のことは特例として祝ってやっても良いぞ」
今度はヒュプノスが金の目を見開く番だった。
「それはそれは」
「外へ出たら、蝋燭代わりに人間の命を、お前の歳の数だけ吹き消してやる」
「億単位になるが」
「前聖戦時よりも人口は増えているだろう。全人類を抹殺しても、足りなかったらすまん」
タナトスらしい偉そうな、しかもお祝いから程遠い不器用な言い分に、ヒュプノスは思わず吹きだした。
「有難いが、私は血も暴力も好まん。それに、人類を滅ぼすのはハーデス様の仕事。私は別のものが欲しい」
「例えば?」
「そうだな…では、夢をみせてくれ」
ヒュプノスのリクエストに、星を眺めていたタナトスが振り向く。
「無理を言うな。それはお前の領分だろう」
「夢を与えるのは、眠りだけではない」
ヒュプノスはそれだけ言うと、怪訝そうな顔をしているタナトスに軽く寄りかかった。

(2010/6/13)

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