豆まき
久しぶりの地上デートの後、ラダマンティスを伴って双児宮へ戻ろうとしたカノンは、十二宮入り口で足を止めた。自宮へ続く一本しかない通路の真ん中を、ムウが塞いでいたからだ。
(しまった、ムウが守護当番の日だったか)
カノンは内心でどうしたものか考えた。いつもはラダマンティスを双児宮へ連れ込む場合、巨蟹宮の黄泉比良坂に通ずる隠し通路をとおり、直接冥界から案内する。しかし今日は外界へ下りたため、白羊宮からの通常ルートを通る方が近かったのだ。
ムウはジャミールに居を構えていて、聖域常駐ではない。
聖戦後も、彼だけは大戦中に破損した聖衣の修復で忙しく、守護当番を大幅に免除されており、白羊宮に姿を見ることはまれだ。
それゆえ、双児宮までに出会うのは金牛宮の主くらいであろうと見当をつけ、人のよいアルデバランであれば適宜に話をつけて、冥界三巨頭の一人であるワイバーンの通行を許してもらおうと思っていたのだ。
冥界とは平和条約が結ばれているため、表向きラダマンティスの通行に問題はない。
だが、ムウは素直に通してくれるような性格ではないのだ。
ムウを良く見ると、手に小さな枡を持っている。そしてその枡の中には、何か押し潰された銀玉のようなものが沢山詰まっているのが見て取れた。
「今日は何の日がご存知ですか」
唐突にムウが話しかけてきた。
「そりゃ、ギリシア王国独立の…」
「節分です」
この強引な話の流れに既視感を覚えながら、カノンは胡散臭げな目を向けた。
「それで?」
「節分とは魔を払うために豆を撒く日です」
「ギリシアとは関係ないだろ…」
「古代ギリシアやローマほか世界各地において、魔を豆で払う文化はありました。ギリシア人のくせにご存知ないのですか」
言いながらムウは枡の中に手を入れている。非常に嫌な予感のしたカノンは、一応ムウに尋ねた。
「薀蓄は判った。ところで手に掴んでいるそれは何だ」
「豆ですよ。聖衣と同じオリハルコン素材で作った代用豆ですけれどね。今日侵入者があったら使おうと思っていたのです」
「…投擲武器にしか見えないが…」
「イミテーションビーンズです」
にっこり言い放つムウのほうが鬼のようだと、カノンは思った。
しかし負けてはいられない。
「ラダマンティスに害意はない。通しては貰えまいか」
「どうでしょう。魔星をいだく冥闘士は魔そのものと大差ありません。しかも三巨頭となればどれだけ強大な鬼を心に秘めていることか」
後ろでは状況に付いてこれていないラダマンティスが、とくに否定するでもなくその言葉を聞いている。というよりも、何を当然のことを言っているのだという顔つきだった。
カノンは思案した。ムウも本気で通さぬつもりではないのだろう。ただ堂々と正面から三巨頭を聖域へ連れ込むことへ、こういった形で釘をさしているに過ぎない。
それは守護宮を預かる者としては当然のことだと思う。判るだけに、どのようにムウをとりなしたものか上手い方便が思い浮かばない。
(素直に頭を下げておくのが1番だろうか)
そのような事を考えたカノンであったが、緊張は思わぬ第三者によって破られた。
「ムウさま、鬼は通してもらえないの?鬼の名前のオイラも豆をぶつけられるの?」
「「貴鬼!」」
びっくりしたような子供の声が後ろから響き、カノンとムウは思わずその子供の名を呼んだ。
それと同時に、ムウから攻撃的な気が一瞬にして消え去る。
ムウはうって変わって穏やかな微笑みを弟子に向けた。
「命じたお遣いはちゃんと出来ましたか?」
「うん!言われたとおり修復の済んだ聖衣を届けてきたよ!」
「よろしい。では先に宮に戻りなさい。女神から賜った甘納豆があるので、一緒に頂きましょう」
そうして先に貴鬼を行かせておいて、ムウは残された二人へと向き直った。
わざとらしく息をつき、肩をすくめる。
「身内の鬼だけ通すような不公平はいただけませんね。仕方がない、貴方がたもお通りなさい」
「悪いな、ムウ」
カノンはラダマンティスの手を引いた。
客分としての分を守り、ずっと黙って様子を見ていたラダマンティスは、苦笑しながらその手を握り返した。
(2009/2/3)
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