アクマイザー

温度調整


火山島であるカノン島には、地熱により温泉が幾つも沸いている。
その中でも暮らしている小屋に近く、人目につかぬ場所を探し出して、アスプロスとデフテロスは自分たち用の入浴施設を作った。
施設といっても、着替えの服を置くための棚や仕切りといった程度の簡単な空間しかない。かろうじて屋根は付いているが、壁は三面しかないため、雨はしのげるものの吹きさらしである。掘っ立て小屋とも呼べぬ代物だ。それでも、二人だけで使うには充分だった。聖域での集団入浴を思えば、専用の露天風呂があるというのは、贅沢なことでもある。
特にデフテロスにとっては幸せだった。影の存在として扱われてきた彼は、皆と同じように浴場を使うことなど許されなかった。誰もいない時間を見計らい、修行場の水場を使うか、泉で汚れを洗い流すしかなかったのだ。
それに比べて、アスプロスの方は他の者たちと一緒に修行をしていたので、付き合い上彼らとともに修行後の汗を流しに浴場へ行く事もある。自分ではない誰かに肌を見せている兄を思うと、邪な想いなど当時なかったとはいえ、取り残されたような気になり、デフテロスが寂しがっていたのは確かだ。
アスプロスが黄金聖闘士となり、双児宮に住めるようになってからは、宮付きの簡易沐浴場を使えるようになった。環境は劇的に改善したが、それでもこのように堂々と外でアスプロスとともに湯を使えることなど夢のまた夢で、デフテロスは今日も兄と温泉に浸かりながら幸福を噛み締めている。
「デフテロス」
岩に寄りかかるようにして湯船に寝転がり、空を見上げていたアスプロスが、ふいに弟を見た。
「何だろう兄さん」
「その…いれてもいいか?」
咄嗟にデフテロスの脳裏に浮かんだことと言えば1つしかない。
真っ赤になりつつも反射的に頷くと、アスプロスは起き上がってデフテロスの隣へ座った。跳ね上がる心臓を押さえながら、デフテロスは温泉の中で兄の手を握る。アスプロスはにこりと笑ってデフテロスの手を握り返した。
「良かった、今日は火山活動が活発なせいか、少し湯が熱くてな」
目をぱちりとさせたデフテロスの前で、アスプロスは念動力と次元操作を駆使して、川から引き込んだ水を温泉へ足しはじめている。
「……」
無言になったデフテロスが無意識に小宇宙を燃やしたため、集まったマグマがアスプロスの冷やした温度を上回り帳消しにしていく。気づいたアスプロスに呆れられても、温泉とデフテロスの顔の火照りは冷える事がなかった。

(2010/3/2)


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