アクマイザー

修復師


白羊宮の入り口に立っているサガの姿を見たムウは、呆れの色を全く隠さずに声をかけた。
「そんな格好で、一体どうしたというのです」
背中にはパンドラボックスを背負い、前にはジェミニの冥衣を駅弁売りのように抱えているサガが、気まずそうに頭を下げて挨拶をする。
「その、お前に相談したいことがあって…」
「貴方が私に、ですか?」
ムウはジャミールを本拠地としており、十二宮で過ごすのは定められた守護番の担当日くらいである。聖戦が終わった現在も、聖衣の修復者であるムウだけは聖戦中以上に忙しく、修復待ちの聖衣がまだまだ山と溜まっている状況だ。
ムウはちらりとサガの持つ両闘衣へと視線を走らせる。
「立ち話も何ですから中へどうぞ」
ムウがそう言うと、サガはホッとしたように居住区へと足を踏み入れた。


「私が頼める筋ではないと思うのだが…私はお前の師を殺した者でもあるし…」
客間へ案内されるなり、まず13年間の謝罪から入ろうとしたサガを、ムウはぴしゃりと止めた。
「もう過ぎたことです。シオン様のことであれば、昔ならともかく今は本人が生き返っておりますから、言いたいことがあれば本人が貴方に直接伝えるでしょう。それで用件は何ですか?」
謝罪を退けたのはムウのプライドでもあり、過去の想いを蒸し返して欲しくないという痛みでもある。そして何よりサガへ対する優しさであった。サガもまた苦しみ続けていた事を、ムウはよく理解していた。
サガはムウの矜持に心の中で頭を下げてから、部屋の中へパンドラボックスと冥衣を置いた。アジア風の絨毯へ腰を下ろし、本題へ移る事にする。真剣な顔でサガは口を開いた。
「優れた剪定者は、どう枝を落としたら木が喜ぶのか、木の声を聞けるという」
「はあ」
「お前ほどの修復者であれば、闘衣と会話が出来るのではないか」
思いもよらぬ内容に、ムウは目をぱちりと瞬かせた。
「サガ、それは確かに闘衣の感情は伝わります。貴方とて聖衣のあるじとして、聖衣の想いを感じる事があるでしょう。特に貴方の聖衣は泣いたり自己主張したり、言いたいことが多いようですからね」
しかし、とムウは続ける。
「それと会話ができるかと言うのは別物です」
「そうか…」
サガががっかりした顔をみせた。
「お前ならば仲裁をしてくれるかと思ったのだが」
「何の仲裁です?」
「これと、これのだ」
順番に指した先には、持ちこまれた双子座の聖衣と冥衣がある。
「何だか仲が良くないようで、夜中に度々反発音を発するのだ。どうしたら良いだろう」
「聖衣と冥衣で仲が良いわけがないでしょう。何を考えているんですか」
ムウがますます呆れた顔をみせた。
「それに、私は聖衣の修復はしても、闘衣関係の修復まではしておりませんよ」
それでも他界の闘衣に興味はあるようで、置かれた冥衣をしげしげと見る。
そして、『ふむ』と頷くとサガの方へと向きなおった。
「この冥衣、私にくれませんか?」
「は?」
思わぬ申し出に、サガの目が丸くなる。
「以前から他界の闘衣には興味があったのですよ。このままコレを双児宮に戻しても聖衣と反発しあって喧しいばかりだと思いますし、貴方には必要のない闘衣でしょう」
言われたサガは戸惑いを隠せないでいる。
「貰って、どうするのだ」
「分解して仕組みを調べてみようと思います。材質も知りたいですねえ。ちょっとばかり端を砕き削って…」
ムウが最後まで話す前に、キィンと部屋に金属音が響き渡った。次の瞬間、サガの身体をジェミニの冥衣が覆う。座っている体勢への装着はかなり強引で、サガは半ばひっくり返された状態だ。
「なっ、なんだ、命じてもいないのに、冥衣が勝手に」
驚くサガに対して、ムウは肩をすくめて溜息をついた。
「ペットをケージに入れないで動物病院へつれてくるから、そうなるんですよ。パニックを起こして飼い主にひっついたのでしょう」
「今のように脅かされては、誰でもパニックを起こすに決まっている!」
何気なくジェミニの冥衣の肩を持ったサガへ、ムウは少しだけ視線を和らげた。
「冥衣に今の話が理解できたという事は、貴方の言葉も通じるでしょうね」
「あ…」
「闘衣側で私達の言葉が判るのであれば、私などよりも貴方が語りかけて橋渡しをしてあげた方が良いと思いますよ」
「ムウ…」
そっけない態度をとりつつも、ムウはサガの悩みをきちんと聞き入れていたのだった。
そして、その解決のため闘衣を試したのだという事に、サガもようやく気づいた。
「その冥衣は血を要するほどの修復を一度も受けた事のない新しい闘衣。それゆえこの修復師ムウに対する警戒は人一倍強いでしょう。そんな状態の闘衣に必要なのは、安心できる居場所…ケージにあたるパンドラボックスです。その冥衣用のものを今度作ってさしあげましょう。双児宮でも聖衣と冥衣が直に接するよりは、箱ごしの方が反発が弱まるでしょうから」
何だかんだ言ってムウは闘衣の扱いに熟練した修復師なのだった。
瞬く間に的確な対処法を提示していくムウに、流石のサガもただ尊敬の視線を向けるしかない。
「…ありがとう、ムウ」
「どういたしまして、ついでに聖衣の方も見ておきましょうか。聖戦時のダメージや細かい傷が残っているでしょうからね」
冥衣を着たままのサガの横を抜けて、パンドラボックスをムウが開く。
しかし、ムウが手を差し込んで取り出そうとした双子座の聖衣は、底に固定されたかのように固まって引っ張り出す事が出来ない。その様子はまるで動物病院に連れて来られた猫が、怖がって爪を立ててケージから出されることに抵抗しているかのようだった。
サガが遠い目で呟いた。
「ケージがあっても、大変そうだな…治療をするのに闘衣に恐れられてしまう修復師という仕事も大変そうだが…」
「呑気な事をおっしゃってないで、引っ張り出すのを手伝ってください飼い主」
サガとムウが協力して聖衣箱からジェミニ聖衣を引っ張り出せたのは、それから数分後のことになる。


それ以来、双子座の聖衣と冥衣が反発音を響かせることがあっても、サガは二つの闘衣を並べてきちんと言葉で諭す事にした。
「仲良くしないと、またムウのところへ連れて行くぞ」
そういうと、金属音を響かせていた闘衣たちも、ぴたりと鳴りを潜める。
効果てきめんとムウに感謝しているサガの隣で、カノンだけは『根本的解決にはなってないんじゃねえの?』と首を捻るのだった。

(2008/11/7)


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