アクマイザー

黒猫


海将軍兼、ジェミニの聖闘士であるオレは結構忙しい。

今日も海界での用事を終えて双児宮へ戻ってきたのは、もう夜も更けてからだ。
一応同居人である兄に気を遣い、なるべく音を立てぬように自室へと向かう。
もっとも、黄金聖闘士の察知能力の前では無駄な努力ではあるのだが。
サガはたとえ睡眠中であろうと、自宮における他人の通行は全て把握する。神官などが必要あって宮を抜ける時などは、きちんと事前に起き出して対応もしている。無論サガの留守時にオレが宮を預かるときには同様にするのだが、サガのように終日神経を研ぎ澄ませ、小宇宙の探査網を敷いているのが当たり前の状態にはなれない。
兄は精密な探知機のごとく、双児宮の中に入り込んだアリの一匹までも認識しているように思う。
あの強大な力に加えて微細も逃さぬ集中力を併せ持つサガは、我が兄ながらバケモノだ。
今は落ち着いて女神の僕なんぞをやっているが、奴の力は本当に神に匹敵するのではないかと思うことがある。そもそも神経の太さと下克上の勢いは、既に神レベルなんじゃないか。オレはポセイドンを騙くらかして海底制覇を目論んだが、流石にポセイドンを、神を殺そうなどとは思いも寄らなかったぞ。
そんなわけで、いくら足音と気配を消そうが無駄は無駄なのだが、配慮をしているという態度の有無というのは同居生活では大事なことなのだ。
オレはそっと自室の扉を開けた。

着替えもそこそこに寝台へ転がろうとしてしたオレは、そこで遠い目になった。
そこには、布団に包まって眠っている黒髪の兄の姿があった。
「…なんでサガがオレの寝台で寝ているのだ」
思わず呟いて、そういえば出かける前に従者へ布団を干すよう頼んでいたことを思い出す。
従者は頼まずとも双児宮を日ごろ整えてくれているのだが、今朝はあまりに良い天気だったので『オレの布団干しといてくれ。枕もな』とか言った気がする。
所帯くさい依頼だが、これは海界での長年の生活から生まれたこだわりだ。海界は過ごしやすい良い環境だけれども、直射日光が無い上に湿気が多めで、布団を干しても今ひとつさっぱりしない。
聖域での生活におけるオレのお気に入りの一つは、布団が気持ちよく乾いているところなのだ。

黒サガの包まる布団は依頼どおり干したてで、ふかふかに乾いている。
その手触りを確認している間にオレはもうひとつ思い出していた。猫はその家で1番過ごしやすい場所を選ぶという事を。
夏は日陰へ、冬は陽だまりへ、そして布団を干すとその日は布団の上へ。
そういえば黒髪のサガは、双児宮で1番居心地の良い場所を選んではいつもそこを占領していたのだった。
今日の占拠場所はここらしい。

「お前は猫と同レベルか」
仕方が無い、今夜はサガの方の寝台で寝ることにしようと溜息をつく。
布団の乱れを直してやり、部屋を出ようとUターンしかけると、布団の中から手が伸びてきて強引に引き寄せられた。驚いて振り返るとサガの紅い目がこちらを見上げている。その勢いのまま寝台の上へとひっぱりこまれ、何だ何だと思っていると、黒髪の兄は人の顔をじっと眺めた挙句にこんな事を言って来た。
「…お前はもう一人の私と同じ顔をしているな」
同じサガでもこちらのサガは何を考えているのか今ひとつわからない。言葉も足りない。
オレの帰宅に気づいていない訳が無いとは思っていたが、第一声がこれか。勝手に部屋に入って寝台を奪ってる詫びも無しか。
「双子なのだから当たり前だろう」
呆れたように応えるオレに、サガは返事もせず、もう目を閉ざしている。しかしオレの服を掴んだ手はそのまま離さない。どうしろというのだ。
オレは仕方なくそこで一緒に横になった。


「顔は同じでも、中身は違うからな」
聞いているのかも判らない兄へ、言わずもがなの言葉をそっと送っておく。
猫に道理を説いても仕方が無いのかもしれないが、同一視されるのはごめんだった。
オレはオレで、サガではないのだ。同じ存在だから兄さんの傍にいるわけでもない。
寝息を立て始めたサガの髪を手に取り、男二人でむさ苦しく布団に包まりつつ天井を見上げる。

明日もう1度従者に布団を干してくれるよう頼もうとオレは決意した。

(2006/11/19)


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