アクマイザー

光分解
相互記念/ニコ様へ


皆が立ち去った後の双児宮で、サガとアイオロスの二人は黙ったまま触れ合っていた。
冥府からの帰還をとげた聖なる意思を持つサガと、闇持つもう一人のサガは、どのように互いを許容したのか今はひとつの存在としてアイオロスの目の前に戻ってきた。
昔知っていたサガよりは随分と小宇宙の輪郭がしっかりしているように感じられる。
統合した人格からは、黒サガの勇猛さと白サガの高貴さがないまぜになったような、それでいて以前よりも混沌の気配が強まったような、不思議な印象をアイオロスは受けた。
アイオロスが落ち着いて再会の涙が乾いたと見ると、彼を抱きしめていたサガは身体を離し、何かを確認するかのごとくじっと見た。それは友を見る穏やかな眼差しというよりは、対象を観察する客観的な視線で、否が応でもこのサガとはまだ『初対面』なのだということをアイオロスに思い起こさせた。
サガが口を開いた。
「サジタリアス…いやアイオロス、時間があるのならば、このあと手合わせを申し込んでも良いか」
復活早々の申し出に、その意図を掴みかねてアイオロスは首を傾げる。
「大丈夫なのか?」
それは、半魂が死の世界から甦ったばかりでまだ本調子にないのではという心配と、ニつの意思が慣れぬ融合を果たしている状態への配慮から発した言葉だったが、サガは違う意味で取ったようだ。
「単なる肩ならしだ。別にお前と今さら雌雄を決しようというわけでは…いや、そうなるのかな」
語尾はアイオロスへではなく、自分への呟きとなっている。サガは未だ二重人格であったころの自問自答じみた話し方のクセが抜けていない。統合した思考回路にもまだしっくりこないようで、幾分ゆっくりとした話し方だった。
「サガさえ良いのなら、喜んで」
完全復帰を遂げた自身の状態を把握したいのだろうと、アイオロスは特に深く考えず了承した。


かつて聖域の両雄と呼ばれた射手座と双子座は、面と向かって力の比較をしたことはないが、それぞれ相手には負けぬという自負を持っていた。教皇選抜においてはアイオロスが選ばれたものの、それはサガの中の闇をシオンが危惧したからであり、実力においての裁定が下されたわけではない。
生き返ってから後は黒サガがアイオロスを避けていたため、手合わせどころか会話をする機会すら稀で、技量の比較などよりまずは同僚としての関係改善が最優先事項となっていた。
そのため、互いの実力を真っ向から測ることの出来る彼からの誘いに、アイオロスは浮き立った。
聖戦後に蘇生された実年齢で考えれば、アイオロスが14歳・サガが28歳と大きく開いている。しかし、身体能力において大差はないだろうとアイオロスは判断した。聖闘士の肉体の最盛期は18歳前後であり、黄金聖闘士たちはすべからく、その最盛期にあたる身体を与えられている
人の少なそうな闘技場を選び、技を使わぬ取り決めをしてから二人は戦闘に入った。
動きの無い千日戦争にならぬよう、静止時間の制限も設けてある。
アイオロスは長期戦を覚悟していた。
だが、闘技場での暫しの攻防のあと、サガに組み伏せられていたのはアイオロスの方だった。

直ぐには何が起こったのか信じられなかった。
いくら浮き立っていたとはいえ、手を抜いた心算は毛頭ない。
「もう1度!」
思わず声を上げるも、サガの声は冷徹だった。
「やはりな。今のお前では私に届かぬ。いや、他の黄金聖闘士にも追いつかれているかもしれん」
その声には驕りなど無く、事実だけを淡々と述べているのが伝わってくる。
「アイオロス、お前は変わらず強い。けれども、死して時を止めていたお前と違い、我らには13年分の経験値があるのだ」
厳密にいえば、射手座の聖衣に思念として留まっていたアイオロスは、星矢などを通じて戦闘データを得ている。それでもそれは、アイオロス自身としての経験値ではない。
長きにわたり戦い続け、ときに神をも相手にしてきた黄金聖闘士は、13年前とは比較にならぬ成長を遂げていた。潜在的な資質や小宇宙自体はアイオロスが上回っていたとしても、その経験の有無が戦闘結果にはっきりとした差となって表れたのだった。
「明日から私がお前に稽古をつける。異論はないな」
サガは”手合わせ”とはもう言わなかった。同じ黄金聖闘士である者から格下の扱いを受け、流石に屈辱と悔しさがアイオロスを満たす。サガは慰めるつもりなのか言葉を続けた。
「落ち込む事は無い。技の手数や経験で戦う私より、純粋な意思と正義を持ち続けているお前の方が、最終的には強いはずだ」
「…本当にそう思うか?」
サガは事実しか言っていない。しかし今のアイオロスにとっては半端なフォローに聞こえてしまう。
そんなアイオロスをサガは静かに見つめ、押さえ込んでいた手をそっと離した。
「そうなってもらわねば困る。私は、私より弱いものに傅くつもりはないからな」
「!」
地に伏した体勢を取らされていたアイオロスは、勢いよく起き上がりサガを振り返った。
サガは構わず淡々と続けている。
「お前は教皇となる男だ。最低でも私と対等に戦える位には…」
その声は、突如抱きついたアイオロスによって阻まれた。
「何を、する」
それまで冷静でいたサガの表情に、初めて動揺らしきものが浮かぶ。
力いっぱい抱きしめているアイオロスは、それに気づくことなく掠れた声で尋ねた。
「俺を、サガが教皇として認めてくれるという事か?」
「今のままでは認めないと言ったのだ…離れてくれ、アイオロス」
どこか苦しそうにサガが答えた。双子座の小宇宙がわずかに揺らいだ。
「認められるくらい強くなれば、君は俺に跪いてくれるのか、サガ」
畳み掛けるようにアイオロスが問う。サガは身体を離そうともがいた。
実際には、今のままでも充分サガはアイオロスを教皇の器として認めていた。だが、本心を簡単に曝けだすようなサガではない。素直に答えないのはサガのプライドでもあり、アイオロスの成長を願う贖罪の気持ちによるものでもあった。
「…離れろ、アイオロス」
「俺は強くなる。強くなって君に認めさせてみせる。そうしたら、俺のものになってくれないか」
「この…人の話を聞け…お前を望む私と、憎む私でバランスが崩れる…」
もがくうち、サガの瞳の光彩に紅が混じっていった。そして髪が黒色へと変色していく。
ワンテンポ遅れてそれに気づき、唖然としたアイオロスに向かって、黒髪を靡かせたサガが怒鳴った。
「貴様のせいで統合が解除されてしまったではないか!このわたしに補佐になれなどという寝言は、私に勝ってから言え!」
「え、俺のものになってくれってのは、補佐になれって意味じゃ…それもあるけど」
真面目な告白だったつもりが、今度は黒化したサガの方が人の話を聞かない状態だ。
「明日から徹底的にしごいてやる。殺す気でいくゆえ、覚悟するのだな」
「えっと…もう一人の君はどうしたの?」
「貴様が無闇に抱きつくから…」
また怒鳴りかけた黒サガが、はっと口を噤む。
「…フン、なんでもない」
紅く鋭い視線を外し、不本意そうに黒サガは立ち上がった。
『俺のものに』と言われただけで動揺し、喜びを覚え、そしてそのことに混乱して精神の奥底へ沈んだ半身の反応とは逆に、闇の意思を持つサガの方は痛みを覚えていた。
それでも彼は表面上、何事もなかったかのように振舞う。
「とにかく、勝手にわたしに触れるな。統合が崩れる」
アイオロスは目をしばたいた。
「では統合していない時ならば良いのか?俺は君が好きだし、触れるなと言うのは無理だ」
当たり前のように口にされる好意を、黒サガは顔を顰めて流した。
「戯言を言う暇があれば、鍛錬して強くなれ。弱い貴様を倒してもつまらぬからな」
それでもアイオロスは全く怯まない。負けた悔しさは却って目標へのばねと変わり、彼を奮起させている。
「判った。一週間待ってくれないか。すぐに追いつく」
「は!一年の間違いではないか?」
「そんなには、俺が待てない」
アイオロスも立ち上がった。そして黒サガに向かって手を差し出す。
「明日から指導を、よろしく頼む」
握手を求められた黒サガはその手を払い、『だから貴様のことは嫌いなのだ』とだけ呟いた。

(2008/10/2)
※「墜落する星」の続きです。


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