アクマイザー

CASSHERN


「命というものはひとつしかないから尊いのだとわたしは思う。もし、生命がひとつでないなら、われわれは何のために必死になって生きていくのだろうか?」

とある映画のワンシーンの台詞。
人間の手により創造され迫害され、人を憎む人造生命たちの叛逆の物語。

半身の黒い意識に呼ばれ、聖域への帰還を促されたわたしは、冥府の底から自分の言葉を使わずに答えた。
神々の取り決めにより、闘士たちが次々と生を受けたことは知っている。恐れ多くも罪人である自分に対してまで、女神の恩赦がおりたことも。
アテナはハーデスに、死した人間の罪を問うことなかれと諭したと言う。その基準であれば、一度死したわたし達は既に罪を問われぬ存在なのだろう。現にもう一人のわたしは受肉することにより再生を果たし、聖域に過ごしている。
魂を同じくするわたし達にとって、空間や時間の距離は意味をもたないため、互いがどこにあろうと意思の疎通だけはこうして可能なのだった。

混沌の意思を持つわたしの方だけがひとり聖域で蘇ったと気づいた時に、不安がなかったとは言わない。しかし、わたしの悪心は既に暴かれており、大人となった黄金聖闘士たちも揃っている。むざとわたしの暴走を許したりはしないだろう。また、今のところ意外なことに、黒いわたしも大人しく女神の意に従っているようだ。
なれば、女神への贖罪は今しばらく彼が果たせば良い。わたしの贖罪は、死した魂たちの為に、この冥界の復興を手伝うことで成せる。
カノンの事だけが心配だったが、聖戦のおりに成長した弟を見て、もう大丈夫だと思った。

女神がこの世に平和をしろしめし、シオン様もアイオロスも蘇っている。
もう、この世に思い残すことは何も無かった。


(…お前はもう、誰にも、何も望まないのか)
「これ以上、誰に何を望むというのだ」

黒いわたしは黙りこんだ。
こんなにも幸せであるのに、ここで共に生き返れなどという半身の言い分こそが判らない。聖戦も終わって落ち着いた今、内乱の元凶が蘇生しても混乱の原因となるだけだろうに。
蘇生後のわたしへの誹謗などは構わない。それは至極当然のことで、今更わたしの痛みとはならない。
しかし、わたしに家族や仲間を殺された者などはどうなるだろう?生き返ってしまったわたしをまた憎むことで、本来であれば時と共に癒えていく傷口が、そのまま膿んでしまうだろう。
何の咎も無く殺された者への救済はなく、神に愛されし闘士は罪人であっても生き返って贖罪を許される。その不条理がどれだけの闇をヒトに引き入れるか、アテナはご存知だろうか。

(それでも、ヒトは『許し』とやらを覚えなければならないそうだが)
「それほど、簡単なことではあるまい」
許しなど、憎むだけ憎んで時をかけたその果てに、ようやく見つけることが出来るかもしれない希少な砂粒。簡単に流せるような感情は、最初から憎しみではないと思う。

そんな重荷を、新しく変わっていく聖域で生きる人たちに負わせるべきではない。
老兵は消え去るのみ。それで良いと思う。

(……カノンが、お前に会いたがっている)
わたしは苦笑した。同じ魂の悲しさで、もう一人のわたしが今の台詞から『サジタリウス』の名前を敢えて抜いたことも伝わってくる。カノンの名前で不器用にわたしを引き寄せようという意図も。だが、どうでも良いことだった。

「カノンに、自分の部屋は従者任せにせず、日頃からきちんと整えておくように伝えてくれ」


わたしは、幸せだった。
アテナを裏切り、尊敬すべき教皇を殺し、大切な仲間を殺し、愛する弟を排してしまったけれども、それでも振り返ると幸せだった。こんなわたしでも、生まれてきて、大切な存在に出会えたという事だけで、身に余る幸福だったのだ。

正しく蘇生せず、分離した魂魄のままであるわたしたちは、もう自殺などせずともそう長くは持つまい。
わたしは目を閉ざした。
(…わたしはお前の巻き添えか。わたしなどお前の中の人造物にすぎぬゆえ、心中も構わぬという事か)
黒いわたしが感情の篭らぬ声で問う。わたしは宥めるように彼へ柔らかく思念で微笑みかける。
「あの映画を…覚えているか?人造と思われた彼らは、実はみなヒトだった。お前はツクリモノなどではなく、ヒトであり、わたしだ」
全霊を込めて憎み蔑んだ存在が、自分もまたそれであると知った時。絶望などは覚えない。自分の愚かさに笑いもしない。そんな感情が生まれる前に、わたしは壊れていた。もう一人の自分を妨害することだけがわたしの13年間だった。そうして女神が戻ってきたのだから、わたしの夢は叶ったのだ。
ただでさえ幸せだったのに、その上夢まで叶ったのだから、わたしは果報者だ。
もう、これ以上望むことなど何もありはしない。


「誰かの願いが叶う時、誰かの願いが地に沈む」
わたしはそう呟いて、黒いわたしからの通信思念を一方的に切った。

(2006/11/25)


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