アクマイザー

糠と釘


「お前は、他の連中と穏やかにやっていく気が少しでもあるのかー!!!」
とうとう俺はキレて兄である黒サガに怒鳴った。
頭の良いサガのこと、逆賊としての罪科を身に持とうとも、最小限そつなく目立たず振舞うことも簡単なはずだ。なのに蘇生してのち、この黒い元教皇(僭称)は全く反省する素振りもない上に、自分へ浴びせられる不信の目には、あからさまに挑発の嘲笑を見せている。
両隣がデスマスクと、人間の出来たアルデバランでなかったら、とっくに千日戦争が続発しただろう。問題が起こりそうになるたびに仲裁に入り、頭を下げる俺の身にもなれっての!

蘇生当時は、十数年ぶり且つ見慣れぬサガに、どう対応してよいか遠慮する部分もあったのだが、共同生活を始めると、そんな遠慮は全くの無駄だということが理解できてきて、俺は言いたいことを言うことにした。こいつの唯我独尊ぶりは、あのシャカにも匹敵するぞ、絶対。

怒鳴った俺を軽く無視し、黒サガは椅子に腰を下ろしたまま、何やら神聖文字で書かれた古文書を読んでいた。シオンに命じられた文献の調査のようで、時折しおりを挟んでは、卓上の何枚かのメモにペンを走らせている。
女神は黒サガを認めたものの、まだシオンは彼に対して様子見ということなのだろう。悪意を織り込みようのない、無難でいてサガ向きの任務を割り振っているというわけだ。
今のところ、黒サガはどんな仕事も完璧にこなしていた。
仕事に関しては誰よりも有能であるところが、また神官たちの反感を増大させているわけだが。

「だいたい、何でそんなに図々しい態度で表を歩けるんだ。どんな神経の太さなんだ。俺だってもう少し殊勝だったぞ!」
サガの無反応に構うことなく、オレは文句を続ける。
聞き入れられずとも、言うことは言っておかねばならない。
そして内心、もう一人の白い兄に想いを馳せた。どうしても比較せずにはいられなかった。
目の前の男とは似ても似つかない、神のようなサガ。
昔、悪さをしてはサガに叱られたものだが、懇々と正道を諭していたあの時のサガもこんな気持ちだったのだろうか。語彙はサガの方が100倍豊かだったけれど。
あの頃の行いが我が身に返っているようで、カノンは心の中で少しだけ昔のサガに詫びた。
すまんサガ。迷惑かけてたんだな俺。
しかし、それはそれ、これはこれ。過去はさっくり棚に上げて、目の前のサガにきつい視線を向ける。
こちらの気迫が通じたのか、黒サガはようやく顔を上げ、煩そうにこちらを見た。

「別に馴れ合う必要はあるまい。殺すのは控えている。」
「俺も聖域の連中に馴れ合う気はない。しかし、もう少し仲間への気遣いと思いやりを持て。殺さないのは当然だから威張るな。控えるのではなく絶対禁止だ。正義の聖闘士らしくしろ。」

…自分で言っていても、全く説得力がないと思うのだから、このサガには馬耳東風だろう。どうでもいい念仏にでも聞こえているようで案の定、鼻で笑っている。
人を小馬鹿にしたその笑い方ですら、不快の前に、その表情に目を惹きつけられるのが悔しい。
サガは自分の見た目の効果を十分に判っていて、必要とあれば、意図して邪気ない素振りで相手に微笑むこともあった。それこそ聖なる神の写し身のように。まあ、あれだけの事をしでかした今、こいつの笑顔に本気で騙されるのは、隣宮のアルデバランくらいかもしれないが、それでも、やろうと思えば黄金連中に対してすら、仮面の笑顔と巧みに計算された弁舌で、人心を誤魔化す事くらい容易なはずだ。
「あの仮面ぶりを、何で発揮しないんだ」
それが不満で、つい本音がこぼれた。
それに対し、サガは紅い目を瞬かせ、心底不思議そうに首を傾げた。
「わたしが本心を隠すのを、お前は嫌っていたのではないか?」
 ………。
「お前はわたしに正直に生きろと言った。だからそうしている。あれは偽りか。」
この時の俺の気持ちを、どう表せばいいのだろう。


「そういえば、お前は海界で筆頭将軍をしているそうだな。神を誑かして。」
話の流れをぶった切って、サガは勝手に自分の話したいことを口にする。
「誑かしたのは昔の話で、今はそうじゃない。俺は真面目に海界にも尽くすつもりでいる。それ、誰に聞いたんだ。」
「そのあたりを歩いていた雑兵に幻魔拳で」
「今後は弱者への幻魔拳も絶対禁止だ」
頭痛を覚えつつも、話題が変わったことにほっとして、サガに念を押す。十二宮での戦いで命を落としているせいで、サガはそれ以降の出来事について、まだ完全には詳細を把握していない。聖戦に関する話題になると、いつも慎重に耳を傾けて情報を取捨している。
その中で唯一彼が驚いていたのは、カノンが海龍の宿星を持っていると知った時だった。

「まさかお前が海将軍とは思わなかった。手放したのは不覚だった。」
「勝手なことを言うな。俺は道具か」
「使い勝手は良さそうだ」
「俺はお前なんぞに従わん」
「お前と二人でなら、女神を殺し、世界を支配できる気がするのだが」
「…サガ、本気で言っているのか」
さすがに最後の台詞は黙認できず、また切れかけた俺へサガがあの邪気のないフリをした笑みを見せる。
「あの頃、お前は幾度もわたしにそう囁いたろう?」
今度はからかわれた事に気づいて、ぐっとつまる。
蜜のように毒のように、サガの言葉は俺を振り回す。
サガもあの頃、同じように俺に振り回されてくれていたのだろうか。
このサガは、あの頃の俺に復讐したいのだろうか。

「お前の相手は疲れる」
がっくりと肩を落として溜息をついた俺に、黒サガが古文書と、いつの間にかまとめ終えたメモの束を渡してきた。
「疲れたところにすまぬが、それをシオンの処へ頼みたい、ジェミニ殿」
「使い走りさせる上に、嫌味かよ。自分で行けよ」
「わたしが教皇の間へ上がっても良いが、途中で喧嘩を売られぬ自信が無い」
それは本当だった。アイオリアやミロあたり、黒サガの態度には随分我慢しているようだが、そろそろ爆発してもおかしくない。このサガが何もしなくても、姿を見ただけで臨戦態勢に入る可能性は大だ。
こいつの言うことを聞くのは癪だが、いらぬ騒動を起こされるよりはマシだ。
仕方なく資料を受け取り、届けるべく封筒につっこんで整える。
「…この生活、もうひとりのサガが復活するまで続くのか…」
どうしても愚痴の零れる俺を誰が責めようか。
それでも最後の気力を振り絞って、俺はサガに伝えた。
「なあ、サガ。最初の話に戻るが、お前が敵を増やすと、もうひとりのあいつが、余計帰って来にくくなるんだよ。お前もサガだというのなら、聖域に馴染んで欲しい。でないと安心して海域に帰れん」
目の前の男は、はっとしたようにその紅い目を見開いたが、何も言わずにソファーへ向かい、そこへ横たわった。話が通じているのかいないのか、時折黒猫にでも話しかけている気分になる。
とりあえず、この書類を届けるのが先だ。動かなくなったサガを放置して、俺は教皇宮へ向かった。



「アレは、還ってこないかもしれん」
カノンが完全に上宮へ去り、姿が見えなくなると、サガはぽつりと呟いた。
当然、それは誰の耳にも届くことは無かった。


(2006/9/12)


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