アクマイザー

最小ゲマインシャフト


日もとっぷりと暮れてから、星矢と聖域外へ出かけていた兄が双児宮へと帰ってきた。夕食は外で済ませてきたと思われるので、紅茶を一杯出してやる。それとなく感応で探ると、表面上は取り澄ました黒サガの小宇宙が微妙に浮き立っている。なんだか兄らしくもあり、らしくなくもあり、両極端におかしくて心の中でふきだしたら、直ぐに察知されて途端に睨まれた。こういう時に双子の精神同調は不便だ。
しかし、その程度の反応は日常茶飯事であったので、オレは気にせず兄に話しかけた。

「で、外はどうだったサガ?」
「…子供の相手は疲れる」
黄金クラスの体力で、1日の外遊ごときでは疲れなど覚えるわけもない。体力的には余裕の範疇であり、本音を出さないサガの照れ隠しのようなモノだろう。
まあ、星矢があちこち通常以上に引っ張りまわしたのも、また容易に想像できるわけだが。
28歳の美丈夫と13歳の少年の二人連れは、世間的には保護者と未成年に見えていたに違いないが、実際の世間知らず度で量れば、引率していたのは星矢のほうだ。年端もいかぬガキに引きずり回されているサガを想像したら微笑ましくて、今度は顔に出して笑ってしまった。ますます仏頂面になったサガの機嫌をとるように肩へ手を置き、ソファーの隣へ腰を下ろす。
「笑って悪ぃ、でも楽しかったんだろ?どこを廻ったんだ」
「考古学博物館に遺跡と市内、テレポートでミコノスにも移動させられた」
「いわゆる観光コースか。島へ行くのなら今度は船も使うといい。海上から眺める景色も見事だからさ」
「お前は船に乗ったことがあるのか」
「当たり前だ。海界の結界拠点は島や海岸が多いからな。外界では通常の交通手段を使う機会も多い」
聖域から出た事の無いこちらのサガにとっては、船どころか機械的動力源の乗り物全てに縁がない。黄金聖闘士の転移能力があれば乗り物など必要としないとも言えるが、現代における通常の社会生活というものも経験させてやりたいと思う。

「そのうちオレも、どこかへ連れて行ってやるよ」
「お前の案内では、星矢以上にどこへ連れて行かれるかわからん」
「では、リクエストを受け付けるぞ?」
サガに対して優位をみせることが出来る状況など滅多にないのだ。兄弟愛にくわえて多少の計算から普段より2〜3割増し親切なオレに対し、黒サガは目の前に置かれた紅茶のカップを手に取ると、優雅に口元へ運びながら思考をめぐらせている。そういう時の表情は、オレが覚えている銀髪の兄とそう変わらない。おだやかで物憂げな雰囲気でいて、どこまで策謀をめぐらせているのか掴みかねる顔だ。
オレは紅茶を飲むサガを邪魔しない程度に、長いクセのある黒髪を指で弄ぶ。
最近気づいたことだが、こちらの兄はコミニュケーションとしての身体の接触を、そう嫌がらないで好きに触らせてくれる。風呂上りにそのまま出歩こうとするところといい、よく言って大雑把というか、自分にとって害がないと判断した場合、瑣末を気にしないタイプのようだ。
誰に対しても微妙に距離を置いていたサガと比べるとそれが新鮮で、ついどこまで許されるのか試してしまう。髪から頬へ手を伸ばそうとしたところで黒サガはカップをテーブルへ戻し、オレの指を自分の指先で遮って『叶うのならば海界が良い』と答えた。
「お前が聖域を離れた後に過ごしていたという、海の世界を見てみたい」
「離れたというか、サガに捨てられて追い出されたようなものなんだが」
「檻に閉じ込めておいただけなのに、勝手に出て行ったのだろう」
「…兄さんの中ではそういう認識なのか、アレ…死ぬかと思ったんだけど。ま、海界を見せるのは構わないが、聖闘士をつれていくのはポセイドンの許可がいるので、頼んでみよう」
「お前は勝手気ままに海界へ出入りしているではないか」
「あのなあ、確かにオレはジェミニやってるが、海将軍でもあるんだ」
どうもサガの中でのオレは、自分の代行者という印象が大きいようで、当たり前のように同じ双子座として対してくる。
「ああ、お前のシードラゴンとしての姿も見てみたい。確か海界における聖衣は鱗衣というのだったか。あれを纏えるのか」
「まあな。黄金聖衣の輝きもいいが、鱗衣もなかなか綺麗だぞ。許可がとれたらそれも海界で見せてやる。ここに鱗衣を呼べないこともないが、戦時でもないのに聖域へあれを飛ばしてくるのは、いろいろ問題があるだろうからさ。だからお前も、海界へ来る時は聖衣は置いてこいよ」
当然の配慮にも、サガは多少不満そうだ。
「ジェミニ聖衣の私と海龍鱗衣のお前で手合わせをして、鱗衣の強度を測りたかったのだが」
「…そういう機密調査みたいなのは止めてくれ。強度を知りたかったら、実際に戦ったブロンズどもにでも聞くといい。だいたい、鱗衣にキズがつくほどやりあったら、中身のオレ達も無事ではすまないぞ。修復も面倒だ」
「無事にすまないのはお前だけだと思うが」
「オイ」
「海界の神殿配置も1度見ておきたい。やはり実際に訪れて自分の目で確かめると、掴める物が違うという事は此度の外出でよくわかった。冥界の方は既に馴染みだが、海界についても聖戦に備えて地形を把握しておくのは重要なことだろう」
「だから、そういうのも止めてくれ。というか、もうオレ達の代に海界と聖域との聖戦は起こらないし、起こさせない…可愛い弟の第二の住居を見たいってわけじゃないのか」
がっくりと脱力してサガの肩に頭をつけるオレに、黒髪の兄はあやすように頭を撫でてきて、こちらへ向き直った。
「第二の住まいを作るために海界へ行ったわけではあるまい。お前は海界を支配して、どうするつもりであったのだ」
「判ってるくせに。地上制圧の足がかりさ。兄さんのところに攻め入るつもりだったよ」
「神には眠ってもらったまま、か」
「そうだ。なのにサガはオレが行く前に死んでしまうし」
しばし顔を見合わせて、思わず二人で笑いあう。
サガの機嫌は直ったようだ。
「お前のような男を海将軍筆頭にすえるとは、海王は随分懐が広いことだ」
「サガを双子座に置いてる女神も、随分優しいと思うぞ」
「優しいだけがとりえの女神であったら、今こうして従ったりはしない…今でも私は、地上に神など必要ないと思っているからな。お前こそ、騙していたという割りに、ポセイドンのことを気に入っているように見えるが」
「さあ、どうだろう」
子供の頃は聖域だけが世界で、自分たちを縛る神とやらに随分反発したものだった。
だが、聖戦を通じて実際に神々を知った今、アテナやポセイドンは神の中ではかなり上等な部類なのではないかと思えている。神自体は好きではないが、アテナとポセイドン、そして沙織とジュリアンは別枠にしてやっても良いかと考えるほど、余裕が出来てきたという事かもしれない。
外の世界は広い。そして、神も人間も変わっていく。それを知ったからこそ、最小単位の、変わらない世界の大切さもわかるようになった。サガと自分の、ずっと変わらない二人だけの世界。本当は、その世界をこそ、支配したかったのだ。

そんな感慨にふけるオレを現実に引き戻したのは、例によってサガの、人目を気にせぬ大雑把な行動だった。

「おい。何を脱ぎ始めてるんだ、サガ」
「お前に借りた服を返そうと…礼もまだしていなかったか」
「ここで脱ぐな!というか、クリーニングしてから返そうという意思はないのか」
「双児宮の従者がやってくれるだろう、そのようなことは」
何が問題なのだという顔で、ジャケットを打ち捨ててシャツの前ボタンを外し始めたサガを、慌てて押しとどめる。こいつはどうして、こんなに羞恥心がないのだろう。13年間傍に居たという黄金連中三人組は注意しなかったのか。
「サガはまず、外に出る前に一般常識を覚えろ」
頭を抱えるオレに、黒サガは『お前にだけは言われたくない』と答えた。
海界へ兄を連れて行く前に、絶対に白いサガにも戻ってきてもらわねば。あちらは少なくとも儀礼的態度は完璧そうだしな…海界で身内のことで恥はかきたくない。
床に散らかされたジャケットを見て、オレは盛大に溜息を付いた。


(2006/10/3)


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