アクマイザー

人が神になるとき(双子+ラダ)


「それで、二人を置いたまま戻ってきたのか?」
アイオリアの声には、非難よりも驚きが色濃く含まれていた。
「ああ」
手短に返事をしたアイオロスは、座した椅子の背もたれに深く身体を預けている。
「それでいいのか、兄さんは!」
異界へ飛んだ疲れは見えるものの、泰然と見える兄に対して、アイオリアの方が落ち着かない。
そんな弟へ、アイオロスは獅子の兄に相応しい視線を向けた。
「良くはないさ」
そう言って両指を組み、膝上へと置く。
「しかし…俺が何か言うと逆効果になりかねん。サガの説得ならばある程度自信はあるんだが、サガが俺に説得されると、その弟さんの方が素直でなくなる気もするし?」
だから、と英雄は口元だけで笑った。
「適任者を送っておいた」


異世界の扉をアイオロスよりも強引に開いて押し入ったのは、冥界三巨頭のひとりラダマンティスだった。広げた漆黒の翼は、射手座の黄金の翼に比して、形状も色も対極にある。
彼は会うべき相手の名を呼ぶような悠長なことはせず、いきなり必殺技で一帯を吹き飛ばした。大地を覆っていた水面は、ラダマンティスのグレイテストコーションによって四方数百メートルに渡り蒸発する。辺り一面は濃い水蒸気で隠された。
ラダマンティスは唸る獣のごとく怒っていた。剥きだしとなった大地へ、さらに必殺技を叩き付ける。技の威力で削られた中心地に、大きなクレーターが出来た。
彼にとって、これは単なる訪問の知らせ代わりだ。この世界唯一の住人が姿を現すまで、彼はこの世界を壊し続けるつもりでいた。次の一撃を放つために再び小宇宙を篭め始めたラダマンティスへ、どこか呆れたような、苦笑交じりの声が響く。目指す相手は、柔らかな光と共に現われた。

『冥界の翼竜は、相変わらず乱暴だ』

ラダマンティスは爛々と光る怒りの視線を変えることなく、その声の主へ顔を向けた。
「俺と闘え」
激情のさなかにありながら、その声だけは揺るぐことなく落ち着いていて、真摯だった。
『闘う理由がないのにか』
戦闘を申し込まれたジェミニが困惑したように答えるも、それは即座に切り捨てられた。
「俺とカノンにはある。闘う理由が!」
叫びと共に、先ほどから溜めていた小宇宙が一気に膨れ上がった。光を凪ぐ冥界属性の闇。その力を全て一点に集中させてから爆発させる。破壊点となるその先は、目前のジェミニ。
しかし、至近距離からの凄まじい攻撃を、ジェミニは片手を挙げて軽く受け止めた。
『無駄な事だ。お前の力では、私に届かん』
実質的に、ラダマンティスの相手をしているのは一人ではない。三人分の魂を持つ双子によって、二乗どころか数十乗にも高められた小宇宙は、人の域を遥か超えている。ましてこの場は彼らの世界。
それでもラダマンティスは攻撃の意思を翻す事はなかった。
「俺はカノンを生涯の好敵手と定めた。お前がカノンを含むと言うのならば、俺と本気で闘え!」
『よせ、翼竜』
ラダマンティスは更に小宇宙を高め続けた。その負荷は翼竜自身の体をも傷つけ、冥衣が悲鳴を上げる。小さな亀裂の入り始めた冥衣を前に、ジェミニの方がどこか苦しそうな顔をした。
『お前の身体が、先に壊れる』
「お前がそれを言うか、聖戦では己の身体など省みず俺とともにGEを浴びたお前が!」
黒の灼光が燃え立つほどにラダマンティスを包んで輝いた。
「グレイテストコーション!!」
莫大な負のエネルギーが環状となり、ラダマンティスを爆心地として広がっていく。
ジェミニは避ける事もせず、それを受けた。
ジェミニの身体の周りでは黄金の光が弾け、冥界の闇と絡まっては流れ消えていく。
莫大な力の奔流は空間の一部を歪めるほどであり、中心に立つ人間が無事で済むはずがない。
事実、限界以上の力を放出し尽くしたラダマンティスは、神経を焼き切り、意識を失っていた。
ジェミニは荒れ狂う空間のなか、まるでそよ風を押しのけるかのようにそっと翼竜へと歩み寄った。
屈みこんで手を伸ばし、倒れ伏す翼竜の頬に手を当てる。ヘッドパーツはとうに吹き飛んでいた。
『お前とは闘えない…今の俺では闘えない』
ジェミニが触れた箇所からは傷が消え、翼竜の顔へ血の気が戻っていく。
『……サガ、ごめん…俺は…』
ジェミニの中のカノンの部分が、目を伏せた。
今のままでは、どうしてもラダマンティスと対等に闘う事など出来ない。聖闘士は複数で一人と闘う事を禁じられているが、そんな規律を横に置いたとしても、今の自分に翼竜と命をかけて闘う資格があるとは思えなかったのだ。
『…俺だけの力で、こいつと戦いたい』
そう呟くと、サガの部分は仕方ないなと笑った。
ジェミニが手を翳すと、その中にはアイオロスの残していった黄金の短剣が現われた。



「あの双子は、もう少し自分達を待っている人間がいることを知った方が良いのさ」
獅子宮で寛ぐアイオロスに対し、実直なアイオリアは複雑そうな顔だった。
「それはそうだが、そのために冥界の奴まで利用するなんて…兄さんて…」
「利用じゃなくて、協力」
アイオロスはきっぱりと訂正すると、晴れやかな顔で付け加えた。
「カノンには三界を繋いで欲しいし、翼竜殿に頑張ってもらえると俺も個人的に助かるしね」
個人的にというのは多分にサガ絡みだろうなと考え、アイオリアはさらに複雑な顔になる。
「兄さんて、案外教皇向きだったのだな…」
「そうか?俺は今でもサガの方が向いていると思ってるんだが」
本気でそう思っているらしき兄を見て、アイオリアは突っ込むことを諦めると、二人分の珈琲を用意すべく台所へ去っていったのだった。

(2008/6/2)

[Endingシリーズ]


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