アクマイザー

教育成果


「聖域に侵入を試みようとしている集団がございます!」
教皇宮のシオンのもとへ伝令が届いた。平時であれ、女神の膝元であるサンクチュアリでは雑兵たちが警備体制を敷いている。不穏な変化があれば、すぐに教皇は事態を確認できるようになっているのだ。
もっとも、教皇レベルになると雑兵たちよりも先に、状況を自身で把握していることが多い。今回もシオンはとうに侵入者たちの存在に気づいていた。
「構わぬ、通してやれ」
玉座に腰を下ろしたまま、鷹揚に伝令者へと命ずる。聖域では教皇の言葉が絶対であるゆえに反駁などは許されない。しかし、まだ新米の伝令者の表情には不思議そうな色が浮かんだ。
それに気づいたシオンは、親切に説明してやる。
「小宇宙の大きさから言って、そやつらは雑魚だ。小者であるだけに、聖闘士に敵わぬと知ると離散して周辺住民を巻き込まぬとも限らん。面倒ゆえ十二宮の入り口まで誘い込んで、一気に叩かせよ…この程度の相手に黄金を動かすのは勿体無い気もするが、小者のフリをした陽動の可能性もあるゆえ万全を期す」

納得した伝令者が下がったあと、シオンは金牛宮へと小宇宙を飛ばした。ムウはジャミールへと帰郷しているため、次宮の主であるアルデバランへ白羊宮まで降りて殲滅せよとの命を下す。敵のレベルがお粗末なので、教皇だけでなく黄金聖闘士や白銀聖闘士もすでに侵入者の存在に気づいていて、守りを固めつつも避難訓練のような気楽さだ。修行中の者などは白羊宮近くへ配置され、黄金聖闘士の戦い方を見学するよう勧められている。
襲撃者が白羊宮の入り口に達する頃には、彼らが暗黒聖闘士崩れのさらに下っ端であるという素性も判明した。どうやら一味は一輝や暗黒四天王による統制が崩れた後の、デスクイーン島からの脱出組であるらしい。
十二宮へ通すまでもなかったかとシオンは思ったが、そう思ったのはシオンだけではなかった。


本来はムウの守る宮の前で、アルデバランは腕を組んで立ちはだかっていた。
律儀な彼は、持ち場でない宮の中を汚す気は無く、入り口前で待っていたのだ。
力のある者が彼の佇まいを見れば、その実力差だけで戦意を削がれるのだろうが、侵入者たちは暗黒聖闘士の中でもろくに聖闘士の修行をせずに逃げ出した一味で、かつての四天王たちとは能力も比較にならず、黄金聖闘士の強大さを把握することすら出来ないようだ。
それでも圧倒的な小宇宙による威圧感は覚えるらしく、虚勢を張るように侵入者の雑魚Aが叫ぶ。
「これほど易々と侵入を許すとは、聖域も大したことは無いな!」
招き入れられたという事すら判らぬ程度の腕で、よくもまあ聖域に侵入しようという愚を犯したものだと、周囲に密かに控える雑兵たちが失笑した。
アルデバランはどうしたものかと考えた。このレベルの相手であれば、小宇宙で押さえつけるだけで手を出すまでもなく相手は動けなくなるだろう。人数も2〜30人ほどで組まれた徒党であり、彼らが逃がれる確率はゼロ%だ。
一応、侵入の理由を聞いて義を諭してみるか…などと思っていると、突然その侵入者ご一行様が全員紙のように空へ吹っ飛んだ。そして天からぼたぼたと人形のごとく地面へ降ってくる。
彼らはそのまま縫い付けられるように、地面に這いつくばってもがいていた。
考え事をしていたとはいえ、黄金聖闘士のアルデバランの目にとまらぬほどの攻撃が出来るのは同じ黄金聖闘士仲間しかいない。そしてアルデバランにはこんな事をする人間にとても心当たりがある。
振り返ってその相手の顔を見るまでも無く、背後から凛とした声が響いた。
「フン、雑魚の分際でアルデバランの相手をしようなどとは百年早い。この私が皆殺しにしてくれる!」
アルデバランは遠い目になった。案の定黒サガだ。
サガが黄金聖闘士として再認定された時点で立場としては同格だが、師匠だった身としては注意せざるをえない。
「サガ、自宮の守りはどうした。勝手に持ち場を離れて良いなどと教えた覚えはないぞ」
しかし黒サガはそ知らぬ顔で答えた。
「ミロも聖戦のおりには宮から降りて迎え撃ったと言っていた。台詞もミロから教わったのだが」
一体ミロは何を教えたのだ…とますますアルデバランの目が遠くなる。
「ミロの時は戦況を見ての判断だ。こたびのような三下相手に持ち場を空けることは許さん。それから、背景も判っておらぬのに、無闇に殺してはならんぞ」
「判っている。手加減はした」
確かにサガが本気を出せば、さきほどの攻撃で一瞬にして全員が死んでいてもおかしくはない。地面に転がる侵入者たちがまだ意識を保ち、小宇宙で拘束された身体を動かそうと必死になっているところをみると、サガからすれば軽く撫でた程度なのは本当のようだ。
黒サガは無様にもがく侵入者一味を見下ろすと、優雅に断言した。
「頭を地にこすりつけて、私を拝むがよい」
アルデバランは頭を抱えたが、今度の台詞を誰に習ったか突っ込むのはやめておいた。
「とにかく双児宮へ戻れ。これはタウラスに下された職務。お前であろうと手出しはならん」
黒サガは不満そうな顔をして、ぼそりと訴える。
「このような輩に師匠が手を下すまでもない。弟子が戦うのは道理だろう…それに、アルデバランが戦っているというのに、この私に上宮で待てというのか。こたびは雑魚の来襲であったから良いようなものの」
「サガ」
厳しい声でアルデバランは諭す。
「お前は師匠の腕を信じられんのか。聖闘士たるもの私情に流されず、各自の守護宮を守るのが勤めと教えた筈だ」
そういうタウラスも、過去に星矢たちが十二宮突破を試みたときに、己の疑惑を晴らすという私情のために青銅聖闘士を通したことがある。しかし、今はそれを伏せる。
少ししょげたような顔をした黒サガの髪を、アルデバランはくしゃりと撫でた。黒サガは相変わらず聖衣のメットを被らないので、長い髪は常に黄金聖衣の背中に流れている。
「だが、お前の気持ちは師匠として嬉しいぞ」
サガにはこのように諭したアルデバランだが、有事の際には背後を守るサガを戦わせたくないがゆえに、金牛宮を誰も通さぬ心意気でいた。たとえサガの方が強くなろうとも、アルデバランにとっては黒白どちらのサガも可愛い弟子なのだ。
とたんに黒サガの顔が元通りの不遜な表情に戻ったのを見て、素直な反応だと内心喜んでいるアルデバランはやっぱり師匠バカであり、サガもまた弟子バカであった。

濃い目の師弟愛がくりひろげられる空間を邪魔しないように、というか誰も邪魔出来ず、控えていた雑兵や修行兵たちが動けぬ侵入者たちを縛り上げて引っ立てていく。
戦闘見学のために白羊宮へ弟子を向かわせた各師匠たちは、あとで弟子達へ感想を聞いたものの、返ってきた反応が「台詞が格好良かった」「師匠もタウラス様を見習って欲しい」「黒サガ様にあのような態度を取れるアルデバラン様が羨ましい」等々であったため、ようするに聖闘士としての修養には何の役にも立たなかったのだなと溜息をついた。


(2007/8/26)


<後日談>
カノン「シャカのせいでサガがまた変なことを覚えてきやがった!」
ロス「私を拝め、だっけ」
カノン「今のところ黄金連中には言わないから良いようなものの…」
ロス「そのあたりの上下関係の礼儀は一応わきまえてるんだ?」
カノン「しかし、サガファンの雑兵だの村民だのは、ホントに拝んでるんだぞ!」
ロス「うわあ、ファンクラブのようだね」
カノン「あいつら、サガが生き返った直後は罪人だの言ってたくせに(ぶつぶつ)」
ロス「サガの魅了の力というか、影響力は凄いから…いつの間にか人を惹きつけるんだよねえ。でもサガが聖域に馴染んでいるのは、君としても嬉しいだろう」
カノン「しかし、黒い方は調子に乗ると、どんどん尊大になる」
ロス「カノン。ここだけの話、尊大なサガも可愛いと思わないか?」
カノン「う…ま、まあな…」

アルデバラン「お前ら!サガを甘やかしてばかりいないで、ちゃんと叱れ!」

(2007/10/7)

[Endingシリーズ]


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