CHANGE(ロス&双子)
アイオロスが目を覚ますと、そこは聖戦後の世界だった。
状況が掴めず首を捻っていた彼へ、神官や聖闘士たち、そして女神が大まかな聖域のあらましを伝える。
アイオロスの死の原因であるサガの乱の顛末、海界との小競り合い、そしてハーデスとの聖戦。この冥府の神との聖戦の戦果および、次なる戦いへの備えとして、女神の聖闘士のかなめである黄金聖闘士の12人のみが復活を許されたという事を。
アイオロスが目覚めた今、残る守護星座は双子座のみだという。サガに殺された過去などまるで気にも留めず、射手座の主はかつての友人の目覚めを待った。そして、女神の力により双児宮に星が降臨し、復活の兆しが現れたとの連絡を受けたときには、真っ先に駆けつけてその場から動こうとしなかった。
皆が見守る中、まばゆいばかりの神の小宇宙により、まず肉体が形づくられていく。波打つ銀の髪に包まれる均整の取れた面差しは、アイオロスが覚えているサガそのものだった。女神の小宇宙に応えるように、ゆっくりと彼の目が開かれていく。
アイオロスは我慢できなくなって彼の手をとると、出来るだけ穏やかな声を出そうと心がけながら話しかけた。
「サガ…会いたかった」
だが、アイオロスを見つめ返した双児宮の主は、とても妙な顔をした。
そして、掴まれたその手を振り払ったのだった。
復活を果たした双児宮の主は、表面上はとても穏やかだった。13年前のように慈愛にみちた笑顔を浮かべ、命じられた職務をこなしていく。誰に対しても丁寧に腰を低くして接するので、最初は遠巻きにしていた神官たちも、今では大半が彼に対して同情的なのだった。
だが、アイオロスに対しては1度も言葉を交わそうとしない。目線すら合わせようとしない。アイオロスは根気良く、彼に話しかけ続けたが、まるで空気に話しかけるかのごとく言葉が素通りしていく。
1ヶ月もたった頃には、流石のアイオロスも落ち込み始めていた。今日も執務室で教皇候補者としての知識を学びつつ、つい重い溜息が零れる。
通りすがったアテナがそれを見咎めて傍らに寄ってきた。
「あら、どうしたの?溜息をつくと幸せが逃げて行ってしまうわよ」
美しい少女に成長している女神を見て、聖域の英雄は慌てて襟を正した。
「申し訳ございません。その、女神に気をかけていただくような事ではございませんので…」
「ふふ、次期教皇の貴方にそんな顔をさせることの出来る内容に興味があるだけよ。単なるやじうま」
それが少女神の気遣いによる言い方であることは、付き合いの短いアイオロスにも直ぐに判る。彼は自嘲するように苦笑いをしながら、友との確執の件について打ち明けた。
「そんなわけで、どうにも…サガと馴染めないでいるのです」
話を聞き終えたアテナは、やはり妙な顔をした。そしてこう言った。
「アイオロス。彼はサガではないわ。彼の弟のカノンよ」
『私はサガも復活させたかった。けれども、神々の約定により、復活が可能なのは12名だけ。双子座のどちらか1名だけしか喚び戻せなかった。どちらが目覚めるかは私にも選べなかったの』
女神に話を聞いたアイオロスは、直ぐに双児宮へと向かった。入り口には簡単な迷宮が張られていたが、強引に打ち破って内部へと侵入する。
居住区にみつけた人影へ、アイオロスは大声で叫んだ。
「カノン!」
「うるさいな」
初めて、その人物がこちらへと振り向いた。
「どうして、サガの振りをするのだ」
「お前たちが、勝手に間違えただけだろう」
アイオロスを見据える視線は、今はサガとは似ても似つかない冷たいものだった。
カノンは目覚めて以降、アイオロスを筆頭に己をサガと呼ぶ人間に対して訂正をしなかった。それどころか、まるでサガ自身であるかのように振舞った。かつて、影として生きてきたその頃のままに。
射手座の主は内心の動揺を抑え、顔を上げて返した。
「最初に間違えたのは私だ。本当にすまない。しかし、君がそのようにするのはサガも望まないと思う」
突如、カノンは激昂した。右手を壁に打ちつけ、その衝撃で壁面にヒビが走る。
「お前にサガとオレの何が判るというのだ!」
それは、アイオロスの知る双子座の友人では決して見ることの出来ない、直接的な激しい怒りの表情だった。
「オレは生き返りたくなんぞなかったのに、サガは…冥府でオレを女神の光の方へ押し出した。聖域で望まれているのはアイツだし、生き返る資格があるのもアイツなのに…!」
身のうちの嵐を水面下に抑えた大海のように、低い声でカノンは話していく。
「目覚めてすぐに、お前なんぞにサガと呼ばれた気持ちがわかるか。サガが何故ここへ戻らなかったかわかるか!お前が居なかったら!」
それは殆ど八つ当たりとも言ってよかった。サガは純粋に弟に生きて欲しくて生を譲ったのだが、カノンには自分が兄の生を奪ったようにしか思えなかった。
カノンは、行き場のない怒りをアイオロスのせいにすることで発散した。
「これからはオレがサガだ。サガの全てはオレのものだし、お前には何一つ渡さない」
言い切ったカノンを見て、アイオロスはまた、自分と双子座の巡りあわせの悪さを知る。けれども、今度はアイオロスは諦めなかった。
「君はサガになれるかもしれない。でも、私はそれを阻止する。サガのために」
「それなら私は、また君を殺すかもしれないよ?」
幾許かの静寂ののち、既にカノンであることを捨てた双子座の主は、サガの顔でゆるりと微笑んだ。
(2007/2/23)
[Endingシリーズ]