アクマイザー

いつか(黒サガ)


聖戦後にサガが復活を果たしてから、もう何年もたつ。後進の育成に忙しい毎日だが、この頃では平和な倦怠感をすら味わえるようになっていた。
風の穏やかな午後、気まぐれから白サガは執務の手を止めて、かねてからの疑問を、もう一人の自分である黒い意識へとぶつけてみた。
「何故、お前まで女神にかしずく気になったのだろう」

聖戦後、各界闘士の復活措置により、めでたくサンクチュアリに十二人の黄金聖闘士が並び立った。そしてその時、黒髪の反逆者もまた消えることなくサガの内に戻ったのだった。
どうやらアテナの盾で払われたのは、神の介入により植えつけられた外部意思の方で、黒サガ自体は女神の聖闘士であると認められているらしい。そのせいなのか、はたまた敗北に思うところがあったのか、今のところ黒い自分は女神に大人しく仕えており、双子座の聖闘士として恭順の意思を見せている。
その変化を誰よりも嬉しく思いながら、”何故”との疑問も白サガは捨てきれないでいた。
あれほど女神の無力を倦み、人に神の支配は必要ないと断じていた黒サガの…強いては自分の心境の変化を掴みきれない。強引に意識の奥に沈み、自身の内面を暴けば判るのかもしれないが、今の半身にそこまではしたくなかった。

傍から見れば自問のように、白サガは独り部屋で話している。

「かつてのデスマスクと同様に、力こそ正義…強大な女神の力に従うというわけか?」
しかしそれが理由であれば、女神よりも上位神であるクロノスやゼウスの支配を受け入れそうなものだ。黒サガも自分も、決して彼らの支配を受け入れはしなかった。

「それとも、カノンのごとく女神の愛に感じるところでもあったか」

問いただしながら、白サガはそれも違うなと考えた。弟は女神の大いなる愛に触れて変わっていったが、自分にはその背面の神の厳しさ…平和の為であれば100人の子供を贄と差し出されても平然と受け入れるような、戦女神の姿が見える。女神の両面を理解している黒サガが、愛だけに流されるとも思えない。

白サガの呼びかけに内面の深淵がぞろりと蠢いた。暫くすると穏やかだった無意識の海の中から、水面を持ち上げて黒い意識がその存在を現してくる。
(お前がこの私の事を気にかけるとは、珍しいこともあるものだ)
黒いサガは体内に反響するような思念で白サガの精神にリンクしてきた。白磁の肌にかかる黒檀の髪。紅く昏い眼差しのイメージが脳裏に人の形をつくる。
精神世界につくられた仮想空間で二人は並び立った。
十三年間の長きにおいて憎悪の対象でしかなかった黒い半身に、白サガは死後を通してようやく真っ直ぐに向き合えるようになっていた。
「お前の変化は、すなわち私の変化という事だからな…気にはなる」
白サガは素直に答えた。黒サガに対して反発ばかり見せていた過去を思えば、自分も変わったと思う。黒の意識は目を細めて白サガを眺めていたが、肩をすくめて軽口のように言葉を吐き出した。
(今世の女神を見て気づいたのだ…あれは神であるが、半分は人間だ。我々は神話の転換期にいる)
半身の応えに白サガは首をかしげる。
「どういうことだ?アテナは元々人の身体を借り、現人神として転生してくるだろうに」
(…そうだな。最初から、これは決められた道筋であるのかもしれぬ)
黒サガはいつも不親切で、言葉が相手に伝わるよう話す努力をしない。
白サガは辛抱強く話を聞いた。
「神には従わぬが、人には従うと言う事か?」
(いいや、そうではない。無力な人の娘に従うくらいなら、それこそ私が聖域を率いる)
「あの方は人であっても、とても無力とは言えぬと思うが…」
苦笑つきの反駁とも言えぬ呟きを横に、黒サガは言葉を続けていく。
(既に半分人であるというのは、言葉のままの意味だ。憑代へ降臨するポセイドンやハーデスと違い、人として転生を重ねるアテナは、いつか未来に…もしかしたらそれほど遠くない時代に、完全に人となっていくだろう。他の神々は眠りに付くか地上を去ってゆき、この世界から消えていく。その時、神話は終わる)
だから、と黒の意識は世界を哂った。
(私のように、神に抗う者が現れたのも、歴史の流れの必然かもしれない。運命とやらに身を任せるのは本意ではないが、神々が消えてゆくこの地球で…輪廻につきあい、アテナの傍でその最後を見届けるのも悪くないと思ったのだ。恭順は見世物代として支払ってやるという事でな)

いつか神々が消えていく。その言葉の意味を白サガは噛み締めた。
神々の支配が当たり前となっているこの世界で、神の不要を叫んだ自分。けれどもいざ神の不在を想像してみると、それは何と味気なく寂しい世界だろうか。


白サガは首を横に振る。そして目元も穏やかに表情を和らげた。
「私は神が消えるとは思わないよ。人は神の不在に耐えられない」
今度は黒サガが耳を傾ける番だった。

「神々は消えゆくかもしれない。人が人のみで地上に立つ日が来るのかもしれない。けれども人間は、やはり至高の存在へ願い、祈るのだ…そして、遠い遠い未来のそのまた先に、きっと神は人のもとへ戻ってくる」
黒サガは顔を顰めた。
(その時には、またあの小娘の生意気な顔を見なければならんという事か)
「…ふふ、それはその時がくれば女神の聖闘士として馳せ参じるという意味か?」
白サガの突っ込みに、黒のサガは心底嫌そうな顔を見せている。白サガは構わず半身の頬へ手をのばし、両手で静かにその面へ触れた。
珍しく不貞腐れたような黒サガを、白サガは笑いながら指先でなだめる。穏やかな波動が伝わっていく。
(お前の予測は…つまり人が結局は神に依存し、敗北すると言うことではないか)
「見方を変えれば神が人に負けたとも言える。なればいっそ共生と呼んでも良いのではないだろうか…私とお前のように」
触れるに任せていた黒髪の反逆者は、白サガの語り掛けに目を見開いた。

「もうひとりの私。お前の予見と私の予測、どちらが正しいのか…いつか遠い時の流れの果てで確認しよう。どうせ私とお前は世界の終わりまで共に、人と神の行く末を見つめていくのだから」
同じサガである以上、死ですら両者を分かつことは出来ない。
輪廻が巡り、神話が繰り返されても、白と黒のサガは共に歩き続けるのだ。

「…だからそれまでは、腐れ縁ではあるが仲良くやっていってくれるか」
白サガが黒サガの顔を覗き込む。
(私はいつかまた遠い未来で、女神へ刃を向けるかもしれないが)
「その時はまた、この命に代えてもお前を止めるだけのこと」


二人は顔を見合わせた。どちらからともなく互いの身体へと腕をまわして抱きしめあう。黒サガが低い声で告げた。
(…私は常に女神よりも、お前にかしずいている)
「知っていたよ」
白サガは答えると、自分の意識を黒サガに向けて開放した。
両者の意識が交じり合う統合の中、黒サガはこれが許しというものかと呟いた。

(2006/12/16)

[Endingシリーズ]


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