アクマイザー

アクアマリン
3…海龍と元偽教皇


兄は無理をしているのではないか。
カノンがそう思ったのは、ソレントの何気ない一言からだった。
「貴方の兄上は、何だかいつもキラキラしていますね」
半ば感嘆、半ば呆れながらの発言にソレントの視線を追うと、そこには海闘士たちに囲まれるサガがいた。キラキラといっても、別に物理的に光っているわけではない。彼の発する独特の雰囲気を形容すると、そういった表現になってしまうのだ。

サガが現れるとその場の空気が変わる。他者を圧倒し、それでいて包み込む穏やかな小宇宙が静かに広がっていく。
『神のような』と言われた過去は伊達ではなく、いまも他界陣営の人間ですら簡単に惹きつける。
カノンは眉をひそめた。その『キラキラ』が、聖域に居るときに比べると随分増しているように思えたのだ。

あのキラキラは偽善による外面の取り繕いであるというような、表面的なものではない。もっと壮絶な、サガの内面を常に切り裂く相克あってのものなのだ。己の中の闇を抑える為に、光もまた強くあろうと輝く。輝くほどに闇は濃くなる。深部の大渦はギリギリのところまで拮抗し、その拮抗が表面上の平穏と煌きを作り出す。
二匹の龍が絡み合いながら天を目指すごとく、相反しつつも高みを目指した二人のサガのありかたを、気高いとすらカノンは思う。

だからこそ、もしも馴れぬ海界で隙を見せぬよう振舞っている結果、あのようにキラキラしているのならば、気を張る必要はないと言ってやりたい。海界で自分の傍にいるときくらい、寛いで欲しいのだ。

また、大勢に慕われるサガの様子は、13年前のただひたすら輝かしい兄を思い起こさせた。人々に好かれること自体は悪くないのだが、あのころのサガは、取り囲む他人が増える分カノンから遠ざかって行った。
今は違うのだと判ってはいる。それでも昔と同じ感情が顔をだしてしまう。

「おいサガ」

思わず声をかけると、サガは海闘士たちへ会釈をして会話を切り上げ、こちらへと歩いてきた。小首をかしげて『何だろうか?』という顔をしている。
カノンは己のささくれが癒されるのを感じて、僅かな時間その感覚を噛み締めた。
呼びさえすれば、サガはカノンを選ぶのだ。人前でサガを呼ぶことの出来ぬ昔はその事が判らなかった。そのせいで、いつでもサガが自分より他人を、聖域を選んでいるのだと思い込んでしまっていたが。

去来する想いを一旦横へ置き、カノンはサガへ視線を合わせる。
「お前さ、聖域に居る時と少し違わないか?」
指摘すると、サガはきょとんとした顔をして、それから「ああ」と言った。
「海界では少しだけ普通にさせてもらっているからな」
「ふつ…う?」
疑問符を浮かばせたカノンへ、サガは目を伏せ遠慮がちに告げた。
「聖域では罪人たる私が目立つと傷つく者もいるゆえ、出来るだけ己を殺し、小宇宙も抑えて控えめにしている…しかし海界で同じように振舞うことは出来ぬ」
「何故だ」
「私が偽教皇だったからだ」
サガはきっぱりと言い置き、苦笑した。
「卑屈に身をかがめた結果、海界の者たちに『聖域はあの程度の男でも教皇が務まったのか』と思われるわけにはいかないのだ。私ではなく聖域の名誉に関わる。それゆえ気は引けるが、こちらでは多少楽にさせてもらっている」
「……」
どうやら心配の方向は逆だったらしい。
サガは海界で無理をしているのではなく、聖域の方で抑圧を強いられているのだ。そして、過去の罪を思えばそれは避けられぬことだ。贖罪から逃げろとは言えない。
それなら、自分はもっとサガを甘やかそうとカノンは思った。
「お前もっと海界に遊びにこいよ」
「カノン…」
「海界では、少なくともオレの領域の北大西洋のエリアでは遠慮するな」
「…ありがとう」

カノンの言葉を素直に受け入れたのか、キラキラが更に強まっていく。
間近でサガの小宇宙をうけ、カノンは気づいた。この輝きはかつての相克で磨かれた小宇宙ともまた別のかたちだった。サガの中の光と闇の和解による平安の輝き。
相身互いに削りあうことなく、なにも抑えることなくサガが本領を発揮したならば、『キラキラ』はもっと凄いことになるのだろう。

「遠慮しないのは結構ですが、うちの海闘士たちは純朴なんですから、そういうのは二人だけの時にやってください」

隣から冷静に釘をさすソレントの声が聞こえ、抱き合おうとしていた双子は我に返ると、慌てて互いにその身を引いた。

(2009/8/22)


[NEXT]


[BACK]
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -