アクマイザー

2008ラダ誕(ラダ双子)


冥界の猛将ラダマンティスは、カイーナ城の廊下を急ぎ足に歩いていた。
時間を無駄にする事が嫌いな彼は、歩きながらも脳内で新体制の草案を練り上げている。
(あの件は明日までに結論を出さねばならんな。確か昼のうちにゼーロスが機密書類を持って来ていたはず…バレンタイン達に出す指示も精査しておかねば)
聖戦が終わったいま、急を要する仕事はそれほど多くないのだが、彼は戦闘へ向けていたエネルギーと敗戦への怒りを仕事に振り分けて発散していた。
石畳の廊下を抜けて執務室へ辿りつくと、歩いてきた勢いのまま重厚な扉をいっきに押し開ける。
その途端、目に飛び込んできたのは部屋を埋め尽くすカボチャ…お化けランタンの山だった。

「な…」
状況が把握出来ずフリーズしたラダマンティスへ、声だけは艶のある場違いな声が投げかけられる。
「「ハッピーハロウィン、ラダマンティス」」
聞き覚えのある美声は、ここにあってはならないはずの人物たちのもの。
本能はラダマンティスに速やかなUターンを命じたが、居城の主としての責任感と自負が何とか彼をこの場へ留まらせた。
「こ、これは一体…いや、貴様らが何故ここにいるのだ、黄金聖闘士のジェミニ共!」
竜の咆哮ともいえる一喝を浴びているというのに、まるで涼風を受けているかのような微笑みを浮かべる双子たち。
「ごきげんよう、翼竜殿。君が戻るまでに飾り付けを終えるのは、なかなか至難の業だったのだぞ」
サガが言えば
「そうそう。侵入は楽勝だったが、飾りつけはセンスが必要だしな。こんだけカボチャを運び込むのも苦労したんだぜ」
とカノンが付け加える。
何気なく城の防衛システムをコケにされているのだが、カイーナ城は侵入者を想定して造られていないため、守備に弱いのは仕方が無い。通常であれば冥府へ足を踏み入れた時点で生者は命を落とす上、護るべきハーデスは堅強な嘆きの壁の向こう側であり、その向こうには神以外通ることの出来ぬ道が横たわっている。そのため、城は防衛目的というよりは冥闘士の居住用として用いられており、要塞を兼ねる十二宮とは同列に語れないのだ。
だからといって、ここまで堂々と不法侵入されてはたまらない。
しかも、何やら理解しがたい単語が最初に聞こえたような気がして、ラダマンティスは確認のためその単語を再度口にのぼらせた。
「ハロウィン……?」
「知らぬのか。万聖節の前夜祭だ」
「そんなことは百も承知だ!しかもそれは明日だろう!いや、そんな事よりも、何故それを俺の執務室へ持ち込むか!」
「なかなか綺麗だろう?蝋燭の灯りは風情があって良いと思う」
この時点でサガとは会話にならんと踏んだ翼竜は、カノンへ追求の矛先を変えた。
「カノン、これは一体何だ」
「だからハロウィンの飾り付けだろ」
こちらはわざと茶化してみせるも、ラダマンティスが睨みつけると両手を挙げて降参のポーズをとった。
「いや、お前の誕生日だから」
「なに?」
「祝ってやろうかと思ってな」
先ほど以上に理解しがたい言葉を耳にしたラダマンティスは、不覚にもぽかんと口をあけた。
サガも会話に参加してくる。
「ただ、冥王を信望する死の世界で誕生を祝うのは禁忌かとも思い…そこでハロウィンなのだ」
「ハロウィンは死者が地上にでることを許される日。ここでその行事を祝っても理念的に問題ないよな?」
「ハッピーハロウィン、ラダマンティス」
双子から交互に説明されて状況は掴めてきたものの、この場から逃げ出したいと思う気持ちは一層強まり、ラダマンティスは額を押さえながらドサリとソファーへ腰をおろした。
確かに飾りつけは見事だった。
ラダマンティスは美を愛でる風流な感覚など全く持ち合わせていなかったが、子供じみた(とラダマンティスには見える)カボチャの装飾も、数多に揺らめく蝋燭の灯りを内包すると好ましいものに思えた。
机の上にはキャンディー缶と何やら包みが置かれている。
(あそこには書類が乗っていたはずだが…そうだ、仕事が!)
慌ててまた立ち上がろうとしたラダマンティスを、軽く肩にかけた指で制してカノンが横へ腰を下ろした。サガもまた反対側の隣へとゆっくりと座る。
まるで心を読んだかのように、カノンがにやりと笑った。
「たまには休めよ仕事人間」
「勝手な事を言うな!俺には明日までに片付けねばならん仕事があるのだ。戯言にはつきあっておれん!」
怒鳴る彼へ、サガが反対側から紙の束を渡す。
「その仕事とはこれか?」
ひったくるようにして奪い返しパラパラめくってみると、そこには完璧に仕上げられた決裁内容と、戦後処理および条例の要点をまとめた草案がまとめられている。
「お前に代わって片付けておいた」
「代わるな!参照文献に門外秘の機密書類名が載っているのはどういうことだ!見たのか!」
仕事は完璧だが、その中身は他界に知られて良いものではない。
だが、双子は真顔で彼をなだめた。
「ああ、安心するがいい。その機密は既に聖域に洩れているゆえ、機密ではない」
「海界にも洩れているな。いくら冥界のこととはいえ、機密書類の保管者がゼーロスって時点で駄目だろ」
冥府は今までスパイの侵入も想定していなかった。しかし、阿頼耶識を発現させて生きながら冥府へ降りることの出来た人間にとっては、その実力でゼーロスの目をくらませることくらい朝飯前なのである。
そして、諜報活動を通して得た情報を下地に実際の機密書類へ目を通して処理を行なう事は、教皇職をこなしていたサガや海界全権を握っていたことのあるカノンにとっては、何でもない仕事だった。
いろんな意味でダメージを受け、ラダマンティスがガックリと肩を落とすと、両側から二人の天使(見た目だけ)がそれぞれ腕を絡ませた。
「あとで食い物を持ってお前の部下たちも来るぜ」
「アイアコスやミーノスにも声をかけておいたから、彼らも来るのではないかと思う」
聖戦後、この双子は冥府へ押しかけてはラダマンティスを構いに来る。それだけでなく周囲の冥闘士たちとも勝手に交友を結んでいく。
バレンタインあたりは追い払ってくれるのではないかと期待していたら、逆に気が合ってしまったらしく「あの者たちは聖域の輩ながらラダマンティス様の良さが判る、なかなか見る目のある者たちです」などと言ってラダマンティスを脱力させた経緯がある。
「お前達は何故こうも毎回手の込んだ嫌がらせをするのだ」
疲れ切った口調で零せば、聖域の双子は目をぱちりとさせて顔を見合わせた。
サガがゆっくりと言葉を述べる。
「嫌がらせのつもりなどない。私は優れた戦士である君の事が気に入っている。聖戦のときには、出来れば君を迎え撃つ側として戦いたかった」
カノンも同じ声で、ただし口調はサガよりも乱暴に伝える。
「オレとて出来れば最後まで聖衣を纏った最善の状態で対峙したかったんだがな。中途半端で片が付くと、後々まで気になる。あれは絶対オレが勝っていたし。だから再戦のチャンスを狙っていたのだが…」
「君の人柄を知るにつれ、ますます私も戦ってみたくなったのだ」
だから、と二人は続けた。
「「それまでは大事にして、万全なワイバーンで居て欲しいと思う」」
「………」
何と返答してよいか判らず、ラダマンティスは口をぱくぱくとさせた。その口へカノンが飴玉を1つ突っ込む。
(こんなに恥ずかしくて気まずい思いをさせるこの双子共の言動は、やはり嫌がらせに違いない)
両側から腕をとられて逃げる事も叶わず、冥界の翼竜は半分泣きの入った感想を脳裏に浮かべた。

(2008/10/30)

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