ヒーロー参上(蟹&サガ)
「有り金全部出しな」
スラムと呼ばれる路地奥で、サガは若い男に短銃を突きつけられた。
チンピラの発する下卑た殺気など、路地に足を踏み入れた時から気づいていたが、黄金聖闘士にとっては何の脅威でもないのでほうっておいたのだ。
しかし、その放置が男に犯罪を実行させてしまったのだなとサガは反省した。
「困窮しているのか。しかし暴力は良くない。お金は上げるから強盗などやめて、まっとうに働く道を見つけなさい」
とりあえず相手を諭してみる。彼は性善説を信じているのだ。
「うるせえ!御託を並べてんじゃねえよ!」
「職がないのであれば、聖域での肉体労働を紹介しよう。収入は低いかもしれないが、食うには困らないぞ」
場違いな説法にイラついたチンピラがサガの頭を殴ろうとするも、さらりとサガは躱す。
ゆったりとしか動いていない筈の相手が、何度殴ろうとしても上手く逃げてしまう事にキレたチンピラは、武器に頼ろうとした。だが、いつの間にか手にしていたはずの短銃すら消えている。
「こんなものに頼らなくとも、生きていくのには困らないだろう?」
後ろから声がして慌てて振り返ると、そこにはいつの間にか奪った銃の銃身部分を片手に持ち、困ったように微笑むサガの姿があった。その時男は初めて、相手が見たこともないような美しい青年である事に気づいたのだった。
(この男を上手く騙くらかして捕まえれば、金になりそうだ)
実力差もわきまえず、男がそんな事を考えた途端、
「やめとけ」
そんな声が降って来るのと同時に、男は昏倒した。
「デスマスク、何もいきなり気絶させなくても良かったのではないか」
サガが横から声をかける。チンピラは、現われたデスマスクの一撃によって石畳に沈んだのだ。
「いきなり銃を持ち出すようなアホにはこれで良いんだよ。しかしアンタも悪い。何だってこんなスラムの奥地をフラフラ歩いてるんだ。待ち合わせの場所は街中だろう」
詰め寄るデスマスクにサガは気まずそうな視線を彷徨わせた。
「その…道がわかりにくくてな…そのうち大通りに出るかと思って…」
「迷子になったんだな」
「探索をしていたのだ」
「迷子になったんだな?」
「……………すまん」
「誕生日だから奢ると呼びつけておいて、迷子になるのはアンタくらいだよ。で、何を奢ってくれるんだ」
「イタリア料理の店を予約してある。アフロディーテやシュラも来るはずだ…その、誕生日おめでとう」
きまり悪げに祝いの言葉を述べるサガへ、デスマスクはニヤリと笑った。
「ヒロインを助け出すヒーロー気分を味あわせてくれたのも、誕生日プレゼントの一環か?」
「…?」
何を言っているのか判らずに首をかしげたサガは、直ぐにデスマスクの言葉が今の現状を揶揄したものと気づく。
「なっ…誰がヒロインで誰がヒーローだ!」
「迷子になったアンタがヒーローでないのは確かだな」
危険なスラムに似合わぬじゃれあいを見せながら、二人は予約した店へと歩き出したのだった。
(2008/6/25)
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