アクマイザー

2007射手誕(シュラ&サガ)


するどく切り立った崖の中腹から真下へ落ちるように駆けると、そこにほんの僅かな平地が現れる。平地といっても人が立てるといった程度の意味合いで、岩場の隙間と呼ぶのが正しいだろう。
シュラは静かにその場へ立つと、乾いた地面を見下ろした。
じっと一点を見据える瞳には迷いが無い。それでいて、何か納得がいかないのか屈み込むと、地面へ手をついてその感触を確かめた。

ここでアイオロスは死んだ。
聖域から持ち出したはずの黄金聖衣も、胸に抱いていた赤子もいつの間にか消えていて、ただ無残な亡骸だけが残されていた。

既に深手を負っていた射手座を追い詰めたのはシュラだった。
だが、シュラはその事を後悔などしなかった。

それに比べ、サガは毎年この時期になると自責に苦しみ、また英雄を憎んでは呪詛を紡いでいた。
決してサガが表に出す事の無い感情の揺れであっても、シュラやキャンサー、ピスケスから見てそれは明らかだった。 相反する激しい感情はサガの精神を引き裂き蝕む。
あれほど強い精神と力を持つサガが、たった一人の人間のために心を揺るがせることがシュラには不思議だった。もっともデスマスクに言わせると『シュラも麻痺していただけで、相当病んでた』が。

最初はサガを落ち着かせるために、ここへ連れて来たのだったとシュラは思い返す。
アイオロスの死んだこの場所を見せると、白のサガは己の苦しみよりも優先させるべき自分の義務を思い出していたし、黒のサガは英雄の死を実感して満足した様子だった。

そして、それからは毎年ここへ来た。
サガと共に来る事もあれば、一人でフラリと訪れる事もあった。
何年経っても草一本生えることのない乾いた大地は、サガだけでなくシュラをも落ち着かせた。不毛の地こそが、英雄の血を飲み込むに相応しいと考えるほどに。
砂と岩だけのこの地はずっと乾いていた。


聖戦後、闘士は全員蘇生を遂げた。
アイオロスもその例に洩れなかった。
今日はその彼の誕生日だ。ギリシアに誕生日を祝う慣習はないが、日本育ちの女神がささやかながらも祝いの席を用意していて、聖闘士たちや英雄をしたう兵士たちなどは、随分大勢押しかけているのではないだろうか。

「シュラ」
ふいに声がして振り向くと、いつの間に来ていたのか大岩の上にサガが降り立っていた。地面は二人で並び立てぬほど狭くはなかったが、サガはシュラの隣へは降りてこなかった。
サガは長い髪を風にまかせながら、ぽつりと呟いた。
「花が、咲いている」
サガの視線を追うと、片隅のほんの小さな日向に白い花が揺れていた。
花というにもおこがましいような、単なる雑草だ。
その雑草は、乾いたこの地へ確かに根を張っていた。

シュラは声にならない嗚咽をあげた。
サガは何も言わなかった。
来年からは、もう此処へ来なくても良いのだと、その花を見ながら二人は思った。


(2007/11/30)

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