2007ラダ誕(ラダカノ)
「今日、お前の誕生日なんだって?」
グラスを片手にカウンターへ肘をつき、眉毛の繋がった目の前のコワモテへ話題を振ってやったら、その眉がぴくりと動いた。それがどうしたとでも言いたげな表情だ。
冥界の三巨頭のひとり、ワイバーンと呼ばれるこの男は、外見に違わず中身も渋いと言うか、よく言えば寡黙なほうで、二人で飲むとどうも俺が話役になっている気がする。オレもサガ以外にはあまり話す方ではないのだが。
もっとも、こいつは会話を人任せにするわけでなく、端々で的確な言葉を返してくる。無口というよりは、無駄な事を口にしない性分というだけなのだろう。
この男…翼竜のラダマンティスは答えの代わりに肩を竦めた。
「よく調べて来たものだ。冥闘士となった人間の地上における経歴など、なかなか辿れるものでもあるまい」
彼の言うとおりで、冥衣の着用によって下手をすると人外と化すのが冥闘士だ。本名かどうかすら判らない名前と、当てにならない外見的特徴だけでは、世界中から該当者を探し出すことなど至難の業。
まあ、まともに調べようとすればだが。
「実は調べたのではなく、お前の同僚に聞いたのだ」
そう伝えると、ラダマンティスの眉が顰められる。
「誰にだ」
「あの長髪の奴。ミーノスとか言ったか。今日はお前の誕生日だから、せいぜい祝ってやってくれとな」
先日行われたばかりの界交会議の席のあと、冥界側の特使として来ていたミーノスが雑談まじりにそんな事を言ってきたのだった。
会議が終わっていたとはいえ、公に近い席でそのような私的な内容を伝えてきた事も意外だったが、聖戦で戦ったミーノスという男はそれほど同僚想いであるようには見受けられなかったので、あの性格によらず気遣い屋なところがあるのかと、ほんの僅かだけ見直していたのだ。
「お前たち仲いいんだな」
そう言うと、ラダマンティスは低く唸った。
「そんなわけがあるか。ミーノスめ…」
「照れるなよ」
からかうように笑っていなすと、本気で嫌そうな顔をされた。
「照れてなどおらん!そもそも冥界に誕生日を祝う習慣などない」
ただでさえ目つきが悪い男だというのに、さらに剣呑な面持ちになっている。
手にしたグラスの中で、氷が溶けてカラリと鳴った。
「それならば、ギリシアにも特にその習慣はないぞ」
習慣などなくとも、めでたい祝いのイベントを取り込んで増やしていく事に問題はあるまい。そういうつもりで伝えたのだが、ラダマンティスは首を振った。
「ハーデス様の僕である冥闘士が、命の誕生を祝うような不見識な事をするわけなかろう」
「は?」
不見識ときた。さすがに予想外の単語だった。そんなオレの呆れが無意識に顔に出ていたのか、こちらを見たラダマンティスが多少居心地の悪そうな表情になる。
「地上で死を祝う習慣が一般的ではないように、冥界では誕生を祝うようなことは通常慎む」
「…へえ」
「冥王ハーデス様や、タナトス様に失礼のないようにせねばならん」
「………へえ」
言われてみると、死の世界である冥府において、生を祝うなどご法度なのかもしれない。納得はしないが。
「お前は冥府の住人だったな。馴れ合いすぎてつい忘れがちになっていた」
「フン、その俺の誕生日を聖闘士に祝えと勧めるとは…ミーノスめ、お前を使って嫌がらせをしようとしているに違いない」
「何だ、嫌われているのか?」
「いや…あの男は単にそういう奴なのだ。むしろ気に入られているからというか…」
苦虫を噛み潰したような顔をしているラダマンティスを見ていると、何となくミーノスの気持ちが理解できるような気がした。真面目な奴をからかうと面白いからな(サガとか)。こいつの嫌がる顔は可愛いのだ。
ミーノスの思惑に乗るわけではないが、スツールをまわしてラダマンティスの方へ向きなおった。
「ま、冥界ではどうか知らんが、ここは地上だ。折角だから祝わせろ。こうしてオレがお前と出会えたのは、お前がこの世に生を得たおかげだろ」
そう言って顔を近づけたら、迷惑そうな色を浮かべつつも、心なしかラダマンティスの顔に赤みが増した。
それでも頑固なコイツは頷かない。
「それならば、祝うのは誕生日ではなく、俺が冥闘士となった日だろう。双子座と翼竜としてでなければ、お前に会うことなどなかったはずだ。生まれおちた日付になど意味は無い」
あくまで冥界的主張を曲げないでいる。石頭め。
地上の女神を守護するオレと、ハーデスに付き従う若年寄では、根本的なところで意見が合わない事も多い。互いの信条を追求しだすと、局地的に冥闘士VS聖闘士な戦闘が勃発するので、そこは適度な距離感を保っているのだが、時折とことん説き伏せて冥王の領界から引きずり出したくなる。
女神の聖闘士として何故そうしないかと言えば、この男にはやはり地獄が似合うからなのだった。黄金聖闘士として今は光の側にいるオレだが、こいつと一緒にいると、自分の中の闇と渇望を思い出せる。オレは冥闘士としてのこいつが好きなのだ。
しかし、今日くらいはオレの側に落ちてもらっても構うまい?
「理屈はどうでもいい。オレがそうしたいと言ったらそうするんだよ」
目前にある奴の鼻の頭へ、予約しておいたホテルのカード式キーを突きつける。
「祝われたいか、祝われたくないかどちらだ」
みるからに動揺しているラダマンティスを肴に、オレはグラスに残っていた僅かな酒を飲み干した。ああ、やはりこいつの困ったような嫌そうな顔が好きだ。
迷いながらも奴の答えは決まっている。万が一拒否しやがっても、殴り倒して連れ込むがな。
その後は朝まで存分に祝ってやるさ。この男がオレのものになるために誕生した日を。
返事も聞かず、オレは機嫌よくカウンターへ二人分の勘定を置いた。
(2007/10/31)
[2007EVENT]