アクマイザー

2007シュラ誕(シュラ黒)


聖戦後も聖闘士たちの仕事が無くなったわけではない。その数は格段に減ったものの、時折思い出したように魔獣が暴れだしたり、地上を狙う神々の斥侯が入り込んできたり、聖闘士でなければ対応出来ぬ種類の任務は意外と多かった。
今日も勅命を無事に終えたシュラが、シオンへの報告を終えて麿羯宮に帰還したのは夕方になってからだ。軽くシャワーを浴びて着替えをすませ聖衣を片付ける。
双児宮の黒サガがシュラの元を尋ねてきたのは丁度その頃だった。

白サガは感情が掴みにくいが、黒サガは行動が掴みにくい。約束があるわけでも用事があるわけでもないのに、いつもフラリと現れては、シュラの客間へ勝手に居座っていく。
13年間で彼の唯我独尊ぶりは慣れているものの、当時の黒サガの行動は読めないようで「覇権の安定」というきちんとした理由があり、計算づくであったように思う。しかし、聖戦後の闇の双子座の思惑をシュラには推し量れないで居た。
少し前、そんなことをアフロディーテに話したら
「君は彼の訪れに理由が必要なのか」
と一蹴されてしまったが。
サガを友と呼ぶのは違うと思う。上司とも違う。今の彼は教皇ではないので、身分的には対等だ。幾分年の離れた先輩黄金聖闘士とその後輩…だろうか。けれども、自分たちを女神を守る単なる仲間同士で括るのもまた違う気がする。
ソファーへ深くもたれる黒サガに軽く頭を下げて、軽食に生ハムとチーズとクラッカーを並べた皿を出す。デスマスクに比べてシュラはそれほど料理上手ではないので、従者の居ない時に提供できるのも基本的に出来合いだ。黒サガも料理目当てであれば最初から巨蟹宮へ行くだろうので、そのあたりは双方気にしていない。
戸棚の奥から酒瓶を出そうとしたところ、珍しく相手からリクエストが来た。
「お前のところで1番良い酒を出せ」
「はあ…」
教皇時代に口の肥えた黒サガと違い、シュラの宮に置いてある酒などたかが知れているのだが、それでもアフロディーテからもらった上質なブランデーがあったのを思い出し、グラスとともにサガの元へ運ぶ。
麿羯宮へ来るのは主に黒髪の方のサガで、夜半までこうして酒を酌み交わす事は既に日常茶飯事となっていた。帰宅を面倒臭がった黒サガが、そのまま自宮へ戻らずにシュラの元へ泊まる事もよくある。 そのような時は大抵、翌朝になって髪を銀色へと戻したサガが不調法を詫び、せめてもと朝食を作ってくれるのが常だった。
それでも、では仲が良いのかと言われると、どうにも首を捻ってしまう。
自分がサガを大事にしてしまうのは、もう13年間で刷り込まれた習慣のようなものだ。いや、もっと前から自分はサガを、そしてアイオロスを兄のように慕っていた。その気持ちが13年間で絶対の忠誠心に変わり、そして聖戦後にはまた後輩としての思慕に戻る。
戻ったはずだ。
シュラはサガにグラスをすすめ、杯に酒を注いでいく。不器用なシュラは、簡単に気持ちの切り替えなど出来はしなかった。今の気持ちと関係にどう名前をつけたら良いのかも判らず、想いを持て余している。
そして、自分の気持ち以上にサガの気持ちがわからないのだった。特に黒サガにとっての自分は何だろうと思うと、便利な道具以上の存在ではないような気がする。自分はそれでも構わないのだが、女神へと忠誠先を切り替えた今、黒サガの中で道具としての自分の価値は失われているだろう。
黒サガからどう思われているかなどと、気にしたことはかつて無かった。聖域後の安定が、余計な内面を省みる時間を自分に突きつける。これを世間は平和と呼ぶのか。
そんなシュラの内面を知ってか知らずか、黒サガはシュラの手を引いて前面の椅子から自分の脇へと引き寄せ、隣へ座らせて顔を覗き込んだ。
「随分不景気な顔をしているな…任務先で何ぞ気になることでもあったか」
「いえ、任務に関しては何の滞りもありません」
未だにサガに対してだけは敬語になってしまうのも、互いの距離感を表しているような気がしてシュラは苦笑した。手元のグラスの酒を舐めるように飲む。黒サガも肩をすくめてブランデーに口を付けた。
静かに時が流れていく。このような時に、深く踏み込んでこないのが黒サガの付き合いやすいところだった。誰にも踏み込まず、誰にも踏み込ませない。孤高の覇者が目の前の男だった。

ボトルが空になる頃、黒サガがグラスを置き、その鋭いまなざしでシュラに笑いかけた。
「今夜の高い酒の礼に、お前に渡したいものがある…明日にでも双児宮へ寄るがいい」
「明日…ですか?」
「今夜はこのまま、ここへ泊まる」
「それは構いませんが…」
渡すものがあるのならば、今日持ってくれば良いのにと、サガにしては珍しい不手際にシュラが首を捻る。その仕草に気づいた黒サガは苦笑してシュラの顔を見た。
「忘れているようだな…明日はお前の生誕日だろう」
自分でも忘れていたその日を、目の前の相手が覚えていたことに驚いてシュラは目を見開いた。そのまま暫し固まってしまう。相当間の抜けた顔をしていたらしく、黒サガが呆れたように指で額を弾いてきた。我に返ったシュラだが、動揺は続いたままだ。
「し、しかし、サガ…何故貴方が…」
「私がお前を祝うという事が、それほど不思議なことか?」
シュラの動揺を面白そうに笑い、そのまま寄りかかるようにして目を閉ざす。どうやら人格表出の限界時間が訪れたようだ。
「シュラ…私はお前をどうしても欲しい。それは以前も今も変わらない。それに、その事が無くとも、お前には世話になっているからな」
それだけ言うとシュラの返事も待たず、彼はサガの精神の中に沈んでいく。シュラと違い、黒サガは相手の思惑など気にはしなかった。ただ自分の心のままに望み、欲する。どれだけ相手が振り回されてもお構いなしだ。

眠りに付いた黒サガを支えながら、麿羯宮の主は今日一番困った顔をしていた。収集のつきかねる己の気持ちを、目の前の男はさらに混乱させる。
(こんな混乱を自分に与える貴方が悪い)
シュラはゆっくりとサガの額へと唇を寄せ、軽く祝福のキスを落とす。これくらいは誕生祝いで貰っても良いだろう。孤高の双子座が滅多に見せることのない無防備な寝姿を抱きしめ、その体温を味わう。

シュラの中で、アフロディーテ曰く『贅沢な悩み』は当分続くのだった。


(2007/1/11)

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