アクマイザー

2006ロス誕(ロスサガ)


「これを、君に」
暮れなずむ聖域の一角で、訓練の帰り際に黄金聖闘士仲間のサガに呼び止められたと思ったら、瀟洒なデザインの酒瓶と思われるガラス製のボトルをくれた。青みがかった銀色の半透明なガラス容器を透かして、中に詰められた砂のようなものがホタルを思わせる淡い燐光を放っている。
その光は聖衣の輝きにも似ていながらそれよりは柔らかい色合いで、無骨なアイオロスの目から見てもとても美しいものだった。
思わず見惚れている彼に向かって、サガは柔らかく笑う。
「銀星砂だ。ゴールドの君が聖衣修復の機会など早々ないだろうが、それまでは部屋のインテリアにでもしてくれ」
一粒一粒に悠久の星のきらめきと加護がこもるというスターダストサンド。話には聞いたことがあるが、実際に見たのは初めてだった。
「貴重な代物だろうに、よく手に入ったなあ」
「聖衣の材料の採掘地や組成法は聖域でも秘匿とされているからね…ムウに頼み込んだ」
だからこれは、私とムウからのプレゼントだよと彼は説明する。
「誕生日おめでとう。これでまた私と君は同い年になるのだね…数え年で十三か」
「ありがとう、よく俺の誕生日まで把握しているな。リアのも知っていたろう」
「毎年ある友人の誕生日位は覚えている。それに君とて、全聖闘士のデータを教皇から渡されていたではないか」
「いやいや、俺は名前を覚えるのだけで手一杯だから」
サガやアイオロスなどの黄金聖闘士は、戦力把握と指揮系統の確認のためという目的のもと、聖域の全聖闘士リストに目を通す権限を持っている。
サガは数度そのデータに接しただけだというのに、全ての聖闘士たちの個人データを記憶しているらしく、誕生日に行き会った聖闘士などには祝いの言葉をかけていた。
アイオロスのまだ幼い弟のことも気にかけてくれていて、知り合った年のアイオリアの誕生日には、言葉だけでなく上等なムサカ風ミートパイと小さなケーキを届けてくれたのだった。お陰であの日は食卓が華やかになった。
「アイオリアの誕生日のことはよく覚えているよ…君は『1つ大きくなったのだから、稽古もさらに厳しくする』などと言って、今まで以上にしごいていたんだ。彼がボロボロになるまでね」
「あのくらいでヘコたれる弟じゃないからな」
「君らしいと思った。稽古の後にちゃんとプレゼントを用意していたところも」
サガが思い出して、おかしそうにくすくすと笑ってたが、ふと真顔になりアイオロスを見た。
「しまった、その理屈なら今日は私が君をしごけばよかった」
「勘弁してくれ、サガの稽古は容赦ないからな。ボロボロどころか殺されそうな勢いだ」
「そのくらいでヘコたれる君じゃあないだろう?」
「稽古でも口でもサガには敵わないです」
「思っても居ない謙遜を言うな。殺しても死にそうにない男のくせに」
サガが笑顔に戻り、軽くアイオロスの頭を小突く。
アイオロスも贈り物のガラス瓶を守るように抱きしめたままつられて笑い、サガを見た。
鮮やかなオレンジ色のアテネの夕日を背にしたサガの髪は、彼が動くたびに光に透けて、銀星砂に負けないほど綺麗に映る。
このジェミニの少年は誰にでも優しいので、今日の誕生日祝いも弟の時と同じように黄金仲間への気配りなのだろうが、それでもアイオロスは嬉しかった。
「東洋では、干支が一巡りした齢を祝う十三参りという風習もあるそうだ…知や美を祈願し、参拝を終えたら決して振り返ってはいけないらしい。私たちだったら、アテナ神像にでも願うのかな?」
風になびく髪を押さえながらサガがそんな事を言う。サガは記憶力が良いだけではなく、古今東西の様々な知識にも興味を持ち、積極的に文献を読み漁っている。博識な友人との会話はいつでも楽しい。
「酷いな。暗に知恵と美を願って身につけろと俺に言ってる?」
「ははは…」
「あ、笑って誤魔化そうとしているな!」
他愛無い軽口を叩きつつ、さりげなくサガの手を握って帰路へと誘う。
サガは触れられたことに一瞬驚いたようだったが、大人しく手を引かれてついてきた。
まだまだ話をしていたいところだが、夕日が見えるといっても、日が沈むのが遅いギリシアだ。アイオリアがお腹を空かせて待っているだろう。
「なあサガ。来年はアテナの誕生日も祝えるといいと思わないか?」
「そうだな…女神はいつお生まれになるのだろう。無論女神にはお会いしたいけれども、聖戦の兆しかと思うと、素直には喜べないかもしれない」
「またそういう固いことを考えるし。あー、生まれてくる女神も射手座ならお揃いになれるのに」
「女神は知恵と美を兼ね備えていると思うぞ」
「…やっぱりサガ、酷くないか?」
「冗談だ。私は君の生来の叡智を知っている…それは私などの知識の敵わぬところだ」
「本当にそう思ってるか?」
疑わしげにブツブツ言っているアイオロスを、サガは笑って取り合わない。
アイオロス兄弟の家の前まで来ると二人は立ち止まり、どちらともなく顔を見つめた。

「また明日に、アイオロス」
先に視線をそらしたのはサガの方だった。繋いでいたアイオロスの掌から手を引き抜くと、その手元へ目を向ける。
「…君にこれからもずっと、女神の加護がありますように」
サガは言葉とともに顔をあげ、意を決したような表情でアイオロスの頬へ顔を寄せると、僅かに触れるほどの軽さで祝福の口付けをした。突然のことに驚いたアイオロスが、反射的に頬に手を当てているのを見もせずに、身を翻して去っていく。
呆然とそれを見送っていたアイオロスは、我に返ると顔が真っ赤になった。
「うわ…サガの方から触れてくれたのは、初めてじゃないか?」
頬に当てた手が顔の熱さを伝えてくる。そのまま思わず掌で顔を抑えた。

誰よりも強くて綺麗で優しくて、それでもどこか遠い友人。
自惚れることがないように自分へそう言い聞かせてきたけれど、思った以上に彼は近くに立っていてくれるのだろうか。
アイオロスはサガの髪と同じ色をしたガラスの飾り瓶をぎゅうっと胸に抱きしめた。


(2006/11/4)

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