Negative Edge Trigger | ナノ





ゴスロリ少女と、金髪のサイボーグと、そしてハゲた青年。

どこからどう見ても奇妙というか奇怪に過ぎる組み合わせのこの三人、あからさまに周囲の注目を集めていたが、そんなことは意にも介さず堂々と闊歩していた。ここが病院でなければ写メの嵐だったことだろう。不幸中の幸い、とでもいうべきか。

「ベルティーユ女史は、どこに?」
「地下の研究室よ。直通のエレベーターがあるわ」

広々としたエントランスを横切って、通路を右折したり左折したり時には直進したりしていると、やがて「関係者専用」と大きく掲げられたエレベーターの前に出た。少女が懐からカードキーらしきものを取り出して、慣れた所作で扉のすぐ脇にかざすと、すぐさま開いた。不気味なほどの反応の早さである。しかしそんなことを訝しく思う間もなく、少女は迷いなく乗り込んで「早くしなさいよ」とでも言いたげにじろりと睨むので、サイタマとジェノスもそれに続いた。
少女が背伸びをして最上階のボタンを押す。ゆっくりと扉が閉まり、エレベーターが間延びした音を立てながら動き出した。

「地下ではないのか?」
「まあ、黙って見てなさいよ」

ジェノスの問いかけに、少女は意味ありげな含み笑いで返した。先程のカードキーを再び、非常ボタンのやや右──なにもない、ように見える場所へ押し当てる。するとエレベーターはがくん、と急停止し、それからものすごい勢いで下降しはじめた。法規的な速度を上回っているのが明らかに感じ取れるほどのスピードで、エレベーターはどんどん地下へ潜っていき、三十秒ほどが経過した頃、これまた唐突に止まった。

地獄の入口みたいな重苦しさでもって扉が開くと、そこはとても病院の敷地内とは思えない空間だった。照明はほんのわずかで薄暗く、工場のような、あるいはボイラー室のような、太いパイプが壁伝いに複雑に絡み合ってうねっている。どこからか絶え間なく聞こえてくる不穏な機械音も、不安感を煽るのに充分すぎる役目を果たしていた。そんなおどろおどろしい通路を、少女は澄まし顔のまますたすたと歩いていく。

「なんか洋モノのホラゲーみたいだな」
「……自分は存じ上げませんが」
「ほら、バイオハザードとか、サイレントヒルとか、こんな感じじゃね?」
「くっだらないわね。アンタそんな歳でテレビゲームなんてやってるわけ? だからハゲるのよ」
「てんめええええ…………」

心底バカにしたような口調で鋭くえぐってくる少女に、サイタマが大人げなく掴みかかろうとしたところで、

「着いたわよ」

と、少女はしれっと足を止めた。

「……これは……」
「けっ、いい趣味してやがるな」

一行の前に姿を現したのは、絢爛豪華に飾り立てられた、中世ヨーロッパの古城を思わせる扉であった。ロココ調、というのだろうか──深い赤の革張りで、薔薇やら天使やらを象った金のオブジェがいたるところに散りばめられている。かなり凝った、質のよい造りであるのは素人目にも明らかであったけれど、この場にはどこまでも相応しくなかった。サイタマの例えの通りにこれがゲームのマップの一部であったなら、ほとんどのユーザーがユニークなバグが発生したと思うことだろう。

「教授、ハゲとジェノス氏をお連れしました」

すでに少女にはサイタマを名前で呼ぶつもりなどないらしい。サイタマはまた律儀に食ってかかろうと口を開きかけたが、向こうから「入りたまえ」という応答がすぐさま返ってきたために、残念ながらそれは叶わなかった。

観音開きの扉を少女が押し開ける。果たしてその奥は一体どれだけ豪奢で瀟洒な様相なのかという期待を鮮やかに裏切って、室内は雑然としていた。自動販売機ほどのサイズの装置が所狭しとひしめきあい、床はそれらから延びるコードで足の踏み場もない。図形やら数式やらで埋め尽くされた書類が落ちたまま放置されているのも、相当数、目についた。それなりに広さはあるようだったが、まるで台風が通り過ぎた直後であるかのように散らかっていて、余裕をまったく感じさせなかった。

「ようこそ。汚い部屋ですまないが、歓迎するよ」

機械の隙間から出てきたのは、白衣の女性──間違いなく昨日、サイタマ宅に飛んできた通信の、その画面に映し出されていた人物だった。背が高く、すらりと伸びた脚は細い。そして長い。背筋の伸びた凛として高貴な雰囲気で、ハリウッド女優のような貫禄がある。

「あなたが、ベルティーユ女史か?」
「いかにも。私がベルティーユ・Q・ラプラス、その人である。はじめまして。どうぞよろしく。立ち話もなんだ、奥に客間があるから、そちらで話そう」

そう言って、彼女はサイタマたちを奥へ案内した。壁をぶち抜いて強引に隣室と繋げているらしい。六畳ほどのスペースに毛足の長い乳白色のカーペットが敷かれ、中央には木製の猫足ローテーブルが置かれている。それを囲むように鎮座するアンティーク風のソファも値の張りそうなデザインで、室内は資産家の邸宅のリビングを連想させる優雅さに満ちていた。
壁一枚を隔てて、あまりにもギャップがありすぎる。

「紅茶でいいかな、サイタマ氏」
「あ、いや、おかまいなく」
「ふふふ、遠慮しないでくれたまえよ。あなたは客人なのだからね。ジェノス氏は……経口で飲食物を摂取することは可能かい?」
「ああ、問題ない」
「それは重畳。ドロワット。ローズ・ヒップを三杯、淹れてきておくれ」
「かしこまりました、教授」

少女の名はドロワットというらしい。サイタマにあれだけ毒づいていたのが嘘のような従順さで、スカートの裾をつまんで恭しく一礼すると、どこかへ去っていった。

「不躾に呼び出してすまなかったね。君たちはフリーで活動しているとのことだったから、協会の人間に召集を要請することができなかったのだよ。……まあ、そんな些事は置いておこう。私は饒舌な人間だが、本題をさしおいて長話をするのはあまり好きではないからね」

上座に位置するソファに腰を下ろし、ベルティーユはサイタマとジェノスにも座るよう勧めた。そして抱えていたバインダーを、二人にも見えるようローテーブルに広げる。

「君たちが救助した、彼女に関する資料だ」
「読んでも?」
「ああ。ぜひ目を通してほしい」
「先生」

ジェノスが神妙な面持ちでバインダーをサイタマの前へ差し出すが、そこに並んでいるのは難解な専門用語と、なにを表しているのかよくわからない図式やグラフばかりだった。サイタマは苦虫を噛み潰したような表情で、バインダーをジェノスの手元へ押し戻した。

「俺にはわからん。お前が読め」
「おや、極力わかりやすいように整理して書いたつもりだったのだけれど……配慮が足りなかったかな。失礼した」

ベルティーユは本当に驚いているらしかった。
なんとも上質な嫌味である。
ジェノスの方はというと、いつもの無表情のままぱらぱらとページをめくっている。サイタマはそれを呆然と見つめていた。理解できんのかよ、すげーな、とは思っていても口には出さない。絶対に出さない。

「教授」

子供の声だった。しかし、ドロワットのものではない。サイタマが顔を上げると、いつの間にか、入口の脇に少年が立っていた。驚くべきことに、彼はドロワットと瓜二つの顔であった。生き写しであった。服装も同じような雰囲気で、小公子風の黒いスーツに編み上げブーツ、そして薔薇をあしらったミニハット──と徹底していた。しかし活発な印象の彼女とは正反対の、なんだか眠そうな、覇気のない様子である。

「あの。彼女が。目を。覚ましたのです。けれど」

単語がぶつ切りなうえに、ぼそぼそと聞き取りづらい、蚊の鳴くような喋り方だった。

「そうか。体調はよさそうかね」
「はい。たぶん」
「ならばちょうどいい。ゴーシュ、彼女をここへ連れておいで。実際に会って、話してもらおう」

こくり、と大きく頷いて、ゴーシュと呼ばれた少年は部屋から出ていった。それと入れ替わりにドロワットが戻ってきて、湯気の立つカップをテーブルに並べた。深い赤色の、芳醇な香りを漂わせるその液体をジェノスがすかさず口に含んで、

「毒物の反応はありません。飲んでも問題ないでしょう」

憚ることなど微塵もなくそんなことを言う。さすがに失礼だろ、とサイタマは肝を冷やしたが、ベルティーユはそれを聞いても気分を害するどころか愉快そうに笑っていたので、なにも言わずに淹れたてのローズ・ヒップをすすった。
美味なのかどうかはよくわからなかったが、なんとなく高そうな味だな、とサイタマは思った。