Negative Edge Trigger | ナノ





『──続きまして、先日未明X市の中心街で発生した爆発事故についての最新情報をお伝えします。警察およびヒーロー協会の発表によれば、爆発はX市の地下で起きたものだということです。該当する地区一帯の地下には巨大な施設が存在していた痕跡が確認されていますが、大規模な地下開発計画の記録などは確認できておらず、法的な認可を受けていない違法建築であった可能性が非常に高いものと見ています。現場の状況がいまだ危険であるため捜査は難航していますが、ヒーローたちの尽力によって施設内から動物実験を行っていた証拠がいくつか上がっており、警察はここでなんらかの研究が進められていたとの見方で、ここを使用していた個人および団体の行方を追っています。事故発生から三日が経過した昨日、X市在住の若い女性の生存が確認されたとの情報も入っていますが、今のところ詳細は不明であり、…………、……』



「いやまさか地下にあんな巨大な施設があったなんてなあ。びっくりしたぜ、まったくよ」
「X市を通過する際、探知機能に異常を来したことが何度かありましたが、恐らくあれはその研究機関がジャミングなどを行っていたのでしょう……俺のように高いエネルギー反応を察知するレーダーをごまかすために。ただの不調だと放置せず、しっかり調べるべきでした。迂闊でした」
「……お前、そういう妙なところ抜けてるよな」
「申し訳ありません」
「いやいや、次がんばりゃいいんだって。次」

深刻そうな表情でうつむくジェノスを軽くあしらって、サイタマはコーヒーのカップに口をつけた。店内には他に数組の客がいたが、それでも空席の方が多かった。落ち着いたBGMがゆるゆると流れ、耳につく喧騒もなく、どこか閑散としている。

「にしても、空いてんなあ。儲かってんのかね」
「まあ、平日の午前中ですからね」
「そんなもんか……いやしかし驚いたな。今時は病院の中にも喫茶店があんのか」

そうなのだ。
現在ふたりが腰を下ろしているのは、X市の郊外にある総合病院の一角に店舗を構える、大手チェーンの喫茶店の、その一席なのだった。内装は街中にあるテナントと変わりなく、ともすればここが病院であるということを忘れそうになるほどであったが、入院着の患者が軽食のサンドイッチを黙々とぱくついているという光景はなかなか外では見られないだろう。

「見舞客や、食事制限のない入院患者などが主に利用しているようです。今では院内カフェは立派なビジネス戦略の一端となっているようで、全国的に広がっていると聞きました」
「へぇえ。時代は進化してるんだな……」

感心したようにうそぶいて、サイタマが何気なく入口の方へ目をやると、そこに少女が立っていた。
仁王立ちだった。

あまりにも堂々とした佇まいであったので、サイタマは思わずその少女をじろじろと凝視してしまう。小学校低学年くらいの小さな背丈のその少女は腰に両手を宛がい、胸を張り、鋭い目つきで店内を観察するように見渡している。どうにも子供らしくない所作であったが、サイタマの目を釘付けにさせている理由はそれだけではなかった。

それはストレートに、少女の外見に起因する。少女は日本人離れした赤毛で、なんと縦ロールだった。派手なフリルのついたヘッドドレスを装備しており、服装もこれまたフリル盛りだくさんのロリータ風ワンピースだった。ご丁寧にスカートはパニエで控えめに膨らませてある。高級なフランス人形を思わせるその出で立ちは、ファッションの多様化が進んだこのご時世でも、なかなかお目にかかれるものではない。

やがて店内をさまよっていた少女の視線が、サイタマとぶつかった。少女は一瞬その宝石のように澄んだ青い目を大きく見開いたかと思うと、つかつかと迷いない足取りでサイタマとジェノスのテーブルへ向かってきた。あまりにも露骨に見つめていたので不快に思ったのだろうか、しまったな、とサイタマが背筋を伸ばしかけたところに、

「……ハゲとサイボーグ。間違いないわね」

鈴を転がしたような、舌足らずの声で、少女は言った。

「アンタらがサイタマとジェノスね」

「オイお前、今ハゲって言ったな? 俺のことハゲって言ったな? 言ったよな?」
「どこからどう見てもハゲてるじゃないの。で、どうなの? 違うの? 質問に答えなさいよ」
「てめええええええええええええええこのガキ! お父さんお母さんを出せ!」
「先生、落ち着いてください」

頭部に青筋を立てて激昂するサイタマをなだめるジェノスだけが冷静だった。

「恐らく、彼女が“迎え”のようです」
「は? 迎え……?」
「どうやら、ベルティーユ女史は時間に正確な方のようだ」

ジェノスの言葉に、少女は──にやり、と不敵に笑った。
とても子供らしからぬ、嫌な笑い方だった。