murmur | ナノ





はじめに明言しておくと、いわゆるゴシップ雑誌というものが俺は好きではない。
下卑た悪意をもって事実を不誠実な日本語で虚飾し、庶民に非生産的な色眼鏡をかけさせる。公的組織の体裁を取り繕う職業柄、というのもあるのだろうが、とにもかくにも俺はその手の品性に欠けたマスメディアを嫌っていた。電車の中吊り広告に踊るあざとい見出しさえも視界に入れたくない程度には。
そんな俺が、なぜかこうして熱心に女性週刊誌を読みふけっている。

仕事中であるにも関わらずオフィスのデスクでこっそりとこんなものに現を抜かしている自分を情けないと思いながら、俺の目は先程から同じページの同じ記事ばかりを繰り返し追っている。そこばかり開いているのですっかり折り癖までついてしまった。
みっともないことこのうえない。

原因が──原因だけに。

「後藤さん」

不意に割り込んできた自分を呼ぶ声に、俺は反射的に顔を上げる。見ると書類の束を抱えた広報課の新人である若い女の子がすぐそこに立っていて、不思議そうに小首を傾げて俺を見ていた。

「さっき有里さんに、今月の取材スケジュールを後藤さんに確認してもらうよう指示されたんですが」
「あ……ああ、わかった。目を通すよ」
「急ぎではないようなので、のちほど改めましょうか?」
「え? どうして」
「いえ……、その……随分と熱心に読んでいらしたので……」

言葉を濁す彼女が言わんとしていることなど、逡巡するまでもない。俺は地に手をつき項垂れたい衝動を抑えて、どうにか平常心でこの場を乗り切ることに全神経を傾注させる。

「すまないね、夢中になってしまった」
「後藤さんもそういう雑誌を読んだりするんですね。意外です」
「そ、そうかな」
「ええ。てっきりお嫌いなのだろうとばかり」

大正解だった。口には出さないが。

「なんというか、少し気になる内容だったからね……」
「……有名アーティスト、18歳年下彼女と熱愛……ですか」

無防備に見出しを読み上げる彼女の屈託なさを誰が責められるだろうか。責められるべきは触れられたくない誌面に気づかれる前にさっさと本を閉じなかった自分の迂闊さだ。俺は俺の軽率を呪いながら話題の転換点を必死に模索する。

「後藤さん、年下の彼女でもできたんですか?」
「いや、そういうわけでは……というか、普通はいやだろう? 自分の倍ほども歳とったオジサンとつきあったりするなんて」

笑い話にして場を収めようとした俺の思惑よりも、彼女の反応は斜め上だった。

「いいえ、私は歳の差なんて気にしませんが」
「……そうなのか?」
「オトナのオトコって感じで、素敵じゃないですか」

オトナのオトコ、ときたか。それは随分な褒め言葉だと俺は思った。

「へえ。年上趣味なんだね」
「そうですかね……、確かに同年代のひとにはあまり魅力を感じないかもしれません」
「でもやっぱり、俗にいうイケメンとかの方がいいんじゃないのかい」
「なまじ顔がよかったら、中身が伴なってなかったとき余計に残念ですよ」

冗談めかして笑う彼女につられて俺の口角も自然と上がる。

「なかなか辛辣なことを言うんだね」
「だからオトナのオトコが一向に寄ってきてくれないんです」
「ははは。苦労してるんだ」

寄ってきてくれない、と彼女は言ったけれど、それは実のところ間違っている。
寄りつけないのだ。俺のような枯れかかった働き蜂が、みずみずしく咲く若い高嶺の花になど。
しかし彼女は「オトナのオトコ」がいいと言った。この耳でしかと聞いた。
こんなふうに──根も葉もない、濁った池に浮かぶくたびれた浮草のような文字の羅列に心を窶し踊らされている甲斐性のない中年の俺でも、彼女はオトナのオトコと認めてくれるのだろうか。
まったくレベルの違う「有名アーティスト」に無様にもヒントを求めて、どうにか歳の離れた彼女とお近づきになれないかと稚拙きわまりない邪念を水面下で蠢かせていたような俺でも。

「そうか。じゃあ俺みたいなのでも案外、いけるのかもしれないな」

そんな希望的観測を眼前にちらつかされてしまっては──
衝動的に手を伸ばしてしまうしかなかった。

「実はいま、少し気になっている若い子がいてね」
「アタックする勇気が出ました?」
「ああ。きみのおかげで」

そう嘯いて、俺はなるべく不自然でない程度を心がけて表情を笑みの形につくった。

「トウカちゃん」
「はい?」
「今夜、一緒にディナーでもどうかな」

彼女は一瞬きょとん、と目を丸くして──俺の誘いのその意図に気づいたのか、発火でもするんじゃないかという勢いで顔を真っ赤にした。耳まで朱に染めて、あの、ええと、と意味をなさない単語をひたすら掻き集めているようだった。そんな初々しい反応がかわいらしくて、俺は悪いオトナのオトコっぽくいたずらに目を細めて彼女の返事を待った。





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