murmur | ナノ





最初は叫んで暴れて抵抗していた彼女だったが、今はそれもだいぶ弱まって、ただ震えながら荒い息をつくばかりになっていた。時折こぼれる嗚咽まじりの「いたい」「もうやめて」「ごめんなさい」が余計に俺を煽っていることに、果たして彼女は気がついているのだろうか。

……いや、ないだろうな、と思う。

熱く脈打つ楔を無理矢理に捩じこんだ箇所からはわずかに血の雫が滴り、どちらのものともつかない体液と混ざってシーツを汚している。すすり泣く彼女の内側はそれでもしっかり濡れていて、心地よい熱と柔らかさでもって俺を包んでいる。気持ちいいって素直に言えばいいのに。俺がそう嘲ると、彼女はきつく目を閉じて、そこからひときわ大きな涙の玉が滑り落ちた。

耐えるように枕を握りしめる彼女の手をとって、指を絡める。こういうのを俗に、恋人繋ぎ、というのだろう。心臓を掴まれたような感覚。きゅうっ、と胸の奥が疼痛を訴えた。息が苦しくて死にそうになる。たとえ一方通行でも。そこに通じあった愛などなくとも。
俺が腰を動かすたびに、彼女のからだがしなやかに跳ねる。ひきつった嬌声が上がる。欲情の熱が下腹部に重く渦を巻いて、彼女の中で体積を増す。気を抜いたらすぐにでも弾けてしまいそうだ。さすがにそれはまずい。

なにせ──「つけて」いない。

だから、中で、中で出してしまったら彼女が、ああ、彼女は彼女が彼女で彼女の、お腹が大きくなって。しまう。人生の狂ってしまう既成事実が。彼女の人生が。俺の手で。壊れてしまう。壊してしまう。それもいいか? いいかもしれない? 俺が彼女を。俺は彼女を。俺の彼女を。ぶっ壊す。無理矢理に抱いて。犯している。壊して、壊して、壊しながら、壊している。無理矢理に。愛しているから。愛していたらなにをしてもいいのか? 愛していたら? 愛していたら、こんなふうに、愛とかバカじゃねーの? とか、こう手酷く、彼女ヲ強kんnnnンn、!

「………………ッ」

刹那、頭が真っ白になって、俺は自分が果てたことを悟る。虚脱感が全身にずしりと乗しかかって、靄がかかったように意識が霞む。
ああ、……俺は、………………。

「……トウカさん」

呼んでみても、返事はない。当たり前だ。彼女はここにはいないのだから。都合よく仕立てあげた彼女の幻は昂りが収まると同時に霧散して、あとに残るのはいつも虚しさだけだった。

掌が白濁でべったりと汚れている。
猛烈な目眩と、吐き気がした。
彼女は俺がこんなことをしているなんて露しらず、明日も俺に屈託のない笑顔を向けてくれるだろう。俺の冗談に笑ったり、軽口に怒ったりしてくれるだろう。理不尽なほど無邪気に。

人の気も知らないで。

そう思ったら、なんだか笑えてきた。明日──そう、あした。明日は彼女になにを話そうか。なにを語ろうか。
彼女を骨の髄まで貪り尽くし、すべてを食い散らかし、首輪で繋いで独占したいほど、誰のものにもしてやりたくないだけの浅ましいこの口で。
いったいなにを騙ろうか。





空中楼閣