murmur | ナノ





得てして夏は暑いものだけれど、それでも今日の気温は異常だった。

じりじりと照りつける太陽は殺人的で、なにをそうも張り切っているのかと呆れてしまう。サイタマはタンクトップ一枚という軽装にも関わらず汗だくで死にかけているし、シキミは夏期休暇の課題と戦う傍らひっきりなしに制汗スプレーを衣服の下に吹きつけている。サイボーグであるジェノスはそういった不快感とは縁がないものの、対外センサーが表示する数値についうんざりしてしまうのは人間としての本能なのだろう。

「あつい……溶ける……死ぬ……」
「先生……お気を確かに……」
「俺はもうダメだ……」
「ああっ! 先生! しっかり! しっかりしてください!」
「……最後に冷たいもの食べたかったな……」
「せんせえええええええ!」

そんなくだらない漫才を聞き流しつつ、黙々と居間の掃除をするジェノスの頭を占めているのはヒズミのことのみであった。こんな猛暑日、ヒズミは果たして大丈夫なのだろうか。数時間前──朝方に確認したときはすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。物音がしないのでまだ寝ているのだろう。

つけっ放しになっているテレビで、昼の情報バラエティ番組が垂れ流されていた。フェルなんとかくんとかいうピンク色の謎の生き物が画面をうろちょろしている。巷で人気の飲食店を紹介するコーナーらしい。生クリームの乗ったパンケーキがアップで映し出された。それと一緒に右下でテロップ表示された値段が果たして高いのか安いのか、ジェノスにはよくわからなかった。

ジェノスたち三人は既に昼食を済ませていたが(シキミが冷麦を茹でてくれた)ヒズミは上述の通り爆睡中なので、昨日の晩からなにも食べていないことになる。夜中に起きて間食でもしていたのなら話は別だが、彼女の家の冷蔵庫には天然水と大関ワンカップしか入っていないのをジェノスは知っている。その可能性はゼロに等しいだろう。

「すみません、先生」
「おー」
「ヒズミの様子を見てきます」
「おー」
「あたしも出掛けますね。勉強の気分転換ついでに、スーパーでなにか……涼を取れるようなもの、買ってきます」
「おー」

気のない返事でフローリングの床に這いつくばったままのサイタマを置いて、ジェノスとシキミは家を出た。外出にあたって薄手のサマーカーディガンを羽織ったシキミに「暑いんだから好き好んで長袖なんて着なければいいのに」とジェノスは思わないでもなかったが、直射日光は乙女の大敵である。色白は七難を隠すともいうし──もっとも、シキミには隠さねばならない外見の難などひとつも見受けられないのだけれど、まあ、女子には女子にしか通じ合えない複雑な事情があるのだろう。

「ヒズミさんの分も用意しておきますね」
「ああ、頼む。すまないな」
「なにか必要なものがあればついでに買ってきますので、連絡ください」
「わかった」
「それでは行ってきますっ!」

元気よく歩き出したシキミの背中を見送って、ジェノスは隣の部屋──ヒズミ宅のドアに合鍵を差し込んだ。極力ゆっくり丁寧に、物音を立てないよう扉を引いて隙間から内を覗く。電気は点いておらず、カーテンも閉め切られているので、昼間だというのに薄暗い。やはりまだ寝ているようだ。沓脱ぎに体を滑らせて、ジェノスは無言のまま中に上がり込んだ。

(さっき来たときより気温が高い? 一体なぜ……ああ、クーラーのタイマーが切れたのか)

沈黙しているエアコンを一瞥してから、ベッドの上のヒズミに目を落とす。タオルケットに全身くるまって、枕を抱え込む姿勢で体を丸めている。胎児のようなポーズだった。長い髪がシーツの上に散らばって、先端は縁から零れて床に垂れている。

彼女の額には汗が滲んでいた。冷房が稼働をやめてしまったせいだろう。寝苦しそうに眉根を寄せている。これは一度起こしてやった方がいいかとジェノスは判断し、ヒズミに巻きついているタオルケットに手をかけ──そして独楽回しの糸を引くように、ためらいなく、勢いよくひっぺがした。

そこでジェノスはあることに気がついた。

自分の足元に、なにやら布切れが落ちている。よくよく観察してみれば、それはくしゃくしゃになったTシャツとハーフパンツだった。その柄と色合いには見覚えがあった。ヒズミが普段パジャマとして使用している着古しで、今日の朝方にも身につけていたものだ。それが現在、なぜか足元に転がっている。

目の前で爆睡しているヒズミ。

プラス。

クーラーが停止して温度の上昇した部屋。

マイナス。

ヒズミが着ていたはずの衣服。

マイナス。

たった今ジェノスが自らの手で剥ぎ取ったタオルケット。

イコール。



柔肌を惜しげもなく晒している、下着姿のヒズミ。



「……──〜〜〜ッッッッッ!!!!!」

声にならない呻きを上げて、ジェノスはタオルケットをどっせーいとヒズミに投げつけた。

なんだ!
なにをしているんだこいつは!

……そんな質問をぶつけるまでもなく、ヒズミがあまりの暑さに耐えかねて寝惚けながら脱いだのだろうということは容易に想像がついた。纏っていた鎧を取っ払い、ショーツのみという格好になって、よし涼しくなったと安心して再び夢の中へ潜っていったのだろう。

(なんで“上”のアレも付けてないんだ!! せめて!! せめてそこは守っててくれ!!!!)

就寝時に胸部を保護するための下着を装用するかどうかは人によりけりで、その信念には様々な確固たる理由があるという実情をよもや十九歳の青年が知識として得ているわけもないのだが──知っていたところで事態が丸く収まったのかというと、そうでもないだろう。すべては後の祭りである。

そうこうしているうちに、ヒズミがもぞもぞと身じろぎしだした。タオルケットを投げつけられたことで覚醒が促されたらしい──ぐしぐしと手の甲で目を擦って、体を起こす。はらりとタオルケットが落ちた。再度ヒズミのしどけないカラダがお目見えして、ジェノスは百八十度ぐるんと首を回した。これは駄目だ。目に毒すぎる。エロゲーじゃあるまいし。いやエロゲーなんてやったことはないのだけれど。

「……んぁ? あ、ジェノスくんだー。おはよお」
「そんな場合じゃない!!」
「ふぁあ……ぁは、ジェノスくん、耳から煙出てっけど」
「ヒズミ! 服を!」
「んぇ? え? ……ふく?」
「服を!! 着ろ!! 頼むから着てくれ!! 早く!!」
「? …………!? …………!!!!」

状況を理解したらしいヒズミが慌てて床に散乱していたTシャツを被りハーフパンツを履く気配を背後に感じながら、ジェノスは穴があったら入って埋まりたい気持ちでいっぱいだった。

そりゃあ耳から煙だって出るだろう──
意外と大きいんだな、とか一瞬でも思ってしまったのだから。








セクシー・ダイナマイト

(しょうがないよ、オトコノコだもの)



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