T W O


「ただいま」


ソファに寝転がって雑誌を眺めていたらリビングのドアから姉が入ってきた。リクルートスーツに身を包んだ姿は新鮮で、けれどその表情には強い疲れがあらわれている。


「おかえりなさい」


台所から洗い物をする音にまぎれて母の声が届く。それに姉は驚いたように顔を上げた。


「あれ、お母さん早かったね」


確かにいつもは姉が帰ってきてもいない日が多い。だからこそ今日はありすも張り切ってポテトサラダを作ってみたわけだが。


「バイトの子が早く来てくれて」

「ついてるね」

「いつもの方が遅刻なのよ」


雑談しながら姉は椅子の背にジャケットを掛ける。そして疲れたように椅子に腰かけた。


「面接?」

「そう」


聞くとこれまた疲れた声が返ってきた。数日ぶりの姉妹の会話といっても、こんなもんだ。


「お疲れさま。どうだった?」


洗い物を終えた母親がエプロンで手を拭きながらリビングに戻ってくる。ありすも雑誌を脇に寄せて二人の会話に耳をすませた。


「うーん、どうもなぁ」

「ピンと来ないの?」

「ピンと来るとか来ないとか言える立場じゃないから」

「選ばれる方だもんね」


思わず口を挟んでしまって一瞬しまった、と思ったが姉は相当疲れているのか気にした様子はなかった。


「反応はどう?」

「うん、たぶん採る気ないね、あれは」


期待半分、といった様子で聞いた母親があからさまに眉をひそめる。ありすは慌てて今度は意図的に会話に割り込んだ。


「そんなの分かるの?」

「デザイナーの枠で応募したんだけど、どうも一般職で採りたいみたい。デザイナーは美大卒がいいんだって」


そう言う姉は元美大志望だったが家計を考えて諦めた過去を持つ。なんとなくいたたまれなくなってありすはうつむいた。


「じゃあ、一般職希望で出せばいいじゃない」

「それでも出してるけど……」

「夢が捨てられないのね。いい年して」

「捨ててるよ!だから出してるんじゃん」


その間も姉と母親の会話は進んでいく。このまま会話がまずい方向に流れたらどうしよう、と一人焦るありすだったが、それは杞憂に終わった。


「それよりあんたも、今日成績交付でしょ。どうだったの」


話の対象がありすに移った。不意を突かれたものの、ありすはソファに放置されて今現在自分の腹に下敷きにされている成績表を取り出した。


「良かったよ、結構」

「見せて」


テーブルから手を差し出す母親に、ありすは仕方なしにソファを離れ成績表を渡した。


「どう?」

「どれどれ」


姉と母親が覗き込むのをしり目に、ありすはそそくさとソファに戻る。


「すごいじゃない」


純粋に驚いたような声を上げる母親と、一瞬目を走らせただけで成績表から目を離してしまった姉。予想通りの反応に苦笑しながらありすは答える。


「でしょ。今回頑張ったから」


この言葉に嘘はない。実際今回は前学期よりも勉強時間を増やした。けれどその結果、思惑通り成績が上がったことを素直に喜べない状況にありすはある。


「昔から成績では苦労しないわよね。私と違って」

「いやいやそんな――」

「今さら謙遜?」


軽くこちらを睨みつける姉に委縮する。口元に浮かんだ笑みが冗談だと表していたが、それを信じ切るほどありすはバカになれなかった。


「ありすはやっぱり、私に似て理系ね」


そんな姉妹の微妙な空気に気づいた様子もなく、母親が満足げに言う。


「そうかな」


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