おつかい!
自分が勝負を言い出したにも関わらず負けてしまって面白くないイーブイの怒った尻尾がいつもより膨らんいて、不機嫌そうにゆらゆら揺れている。
そんなイーブイの子供染みた態度と勝てた喜びが、なんだか楽しくて……ゾロアは、声は出さずにキシシッと小さく笑って、イーブイの後を追いかけた。


その光景を見ていたメイたちが「あ……」と声を漏らす。
何事もなかったようにイーブイを追いかけるゾロア。
足早にゲートを通って行ってしまい、ゲート前に降り立ったメイたちは、もうここにはない2匹の姿を眺めるようにゲートの入り口を見つめて、呟いた。


「ゾロア、笑ってた……。」

「フタチ。」

「リュー。」

「エアァ!」


あんな風に笑えるんだと知ると、その変化がどうしようもなく胸を躍らせて、ハッピー!と言いながらフタチマルたちを抱きかかえるメイ。
わかったから、2匹を追いかけようとフタチマルに促され、メイたちも急いでゲートを潜り抜けていった。





11番道路は何事もなく通り抜けて、2匹はようやくソウリュウシティに着いた。

青いライトに照らされた、近未来的な雰囲気を湛えた街並みの中を歩くイーブイとゾロアの姿を物陰に隠れて見守っていたメイは、そこで「あっ」と声に出して気付く。


「そういえば、わたし、イーブイたちにお店の場所教えてなかったわ。」

「フチ。」


おい、とフタチマルが即座にツッコミの眼差しを向ける。
どうしようかとメイが悩んでいると、しばらくの間きょろきょろとしていたイーブイとゾロアが急に走り出した。

見つからないよう一定の距離を保って追いかけていくと、やがて商店街に入った2匹は迷いのない足取りのまま野菜や果物が売られている一角に向かっていく。
そこでメイは、なるほど匂いを辿ってお店を発見したのだと気付いたのだった。


「ブイ!」

「ロア……。」


このお店がイイ!と新鮮なトマトが一番前に並んでいる籠の前で鳴いたイーブイに頷き、ゾロアが一度その場を離れる。
すぐ近くに路地裏へ続く細い道があり、そこへ身体を滑り込ませて、人目につかないうちにイリュージョンで姿を人に――メイに化けたゾロアが再びイーブイの元に戻ってきた。

メイに化けたゾロアがイーブイの首にかけてあるモンメンの刺繍入りのポーチを取り、中を開けてメモを取り出した。
イーブイとゾロアには文字が読めないが、メイ曰くイーブイに託したポーチには買うものであるトマトと、その購入数が書かれている。
姿は化けられても言葉を話せるようになるわけではないゾロアが、無言のまま店主にメモを差し出した。


「トマトが4つね。はいはい、毎度ありがとうね。」

「ブイブイ!」


トマトを袋に詰めていく壮年の店主は、尻尾を振る元気なイーブイを見て目元を綻ばせると、メイの姿をしたゾロアに視線を移した。


「ポケモンと一緒におつかいかい?」

「…………。」

「そうかい。なら、これ1つおまけしておくよ。」

「ブーイっ!」


店主に問われたゾロアが視線をそらしながら小さく頷くと、すかさずイーブイが肩の上へと飛び乗ってくる。
きゃんきゃんと高く鳴くイーブイにくすりと笑った店主が4つ詰め終わったトマトの袋に1つ、一回りほど大きなトマトを入れると途端にイーブイの目が輝いた。
ぶんぶんと振り回される尻尾の風圧でメイに化けているゾロアの髪の毛が勢いよく乱れていくのもお構いなしに、イーブイは店主に大きな声でお礼を吠えた。
店主からトマトの入った袋を受け取り、貰ったおつりをモンメンの刺繍入りポーチに入れたゾロアは早々にその場を離れるべく、踵を返した。
肩の上に乗っているイーブイが最後にもう一度店主に向かってきゃん!と笑顔で吠えると、つられてわずかに振り返ったゾロアは、こちらをにこやかに見つめている店主に気付き、視線を逸らす。
おずおずと、腰を軽く曲げてお辞儀のような仕草を一瞬だけ見せると、ゾロアは逃げるような早足でその場を去っていったのだった。
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