おつかい!
手すりの合間から下を見れば、澄んだ川の水の煌めきと、涼しい風に吹かれてそよぐ草むらやコートでテニスをしている人とポケモンの楽しそうな様子が覗けた。
ドレディアをダブルスパートナーにしている少女がスコートを翻して、ラケットで黄色いボールを打つと小気味良い音が鳴る。
それをスマッシュで打ち返す相手の少女のダブルスパートナーであるエルフーンがおいかぜを起こしてサポートすると、より強力なショットとなって相手のコートを思いきり突き抜けた。

はじめて見たボール遊びにイーブイは目をキラキラとさせる。
とっても面白そうな遊びだった。
メイとするボール遊びといったら、ただ投げたボールをイーブイたちポケモンが誰が一番先にキャッチできるかといったようなものだ。


「ブイブイブイ!」

「ロア。」


帰ったらメイにあの遊びをしたいってねだろう!とゾロアに鳴いたイーブイにゾロアは存外即答でイエスを返す。
表情の変化はさほどないが、ゾロアもイーブイと同じくテニスに好奇心をくすぐられているようだった。


「ブ〜〜イ!」

「ローア。」


まあ、メイにあんな動き回って器用にラケットを操るボール遊びができるかどうかは怪しいけどな、というように面白おかしく鳴いたイーブイにまたしてもゾロアは即答でイエスを唱える。
テニスを始めたはいいが、確実にこける。打ち返せずにこける。打ち返したボールがあらぬ方向に跳んでいく。打ち返そうと振ったラケットが手からすっぽ抜けて、挙句にこける。エトセトラ。
どれも容易に想像できるし、どれも容易に再現されるのだろう。


イーブイとゾロアがうんうんと頷き合うのを離れたところで見ていたフタチマルたちも深く共感して頷く。
メイにテニスは向いていない。間違いない。
そんな手持ちたちの頷きの意味を全くわかっていないメイは、なにしてるの?とクエスチョンマークを浮かべていた。


手すりから離れたイーブイは「ブイブイ!」と、ゾロアに橋の向こう側まで競争しようと持ち掛けた。
どっちが早く向こう側まで行けるか勝負だ!と突き上げた腰を振って構えるイーブイ。
ゾロアは半分閉じている瞼をわずかに下ろして、イーブイの提案に沈黙を返したが、これなら向こう側まで一直線だし寄り道しなくていいだろ、とイーブイが笑うとゾロアもそれはそれで何も言えなかった。


「……ロアー。」


あまり気は進まないが、ゾロアがイエスと頷けばイーブイはそうこなくっちゃ!とばかりに喜んだ。


「イブーイっ!」


同じ位置に並んで、いつでも走り出せる体勢を作った2匹がイーブイの「スタート」と鳴く声の後に勢いよく前に飛び出す。

走り出して間もなく、平行するゾロアに、すばしっこさならゾロアにだって負けないぞ!とゾロアの方を見て強気に一鳴きするイーブイ。
半目のままちらりとイーブイを見やるゾロアは、何も言わずに視線を戻して走り続ける。
2匹はほぼ同じペースで走っているが、橋の半分まで来たところでイーブイがペースアップし、横並びだったゾロアより先に前を行く。


「イブゥ!」

「……ロアっ。」

「ブイっ!?」


一気にゴールだー!と駆け抜けるもゾロアが負けじとスピードを上げてイーブイを追い越してみせた。
予想外の展開にイーブイが「あっ!」となった瞬間、ゾロアが一足早くにゴールする。


「ローア。」


涼し気な面差しで、ちょこんと座るゾロア。
勝者の余裕を帯びた態度にイーブイは盛大に跳びはねて地団太を踏み、悔しがる。
勝負前は乗り気じゃなかったくせにいざとなったらやる気になるだなんて、大人しいクセしてゾロアはイジワルだ。
普段はそんな素振り見せないのに、やはりイタズラ好きなゾロア系統の性なのだろう。



「わあ、ゾロアがイーブイに勝っちゃった!」

「デーンデーン。」


橋の上では隠れる場所がないため、エアームドに乗って空から様子を見ていたメイは、さすがゾロア!やっぱり速いわねーと間延びして感想を口にする。
落ちないようにメイの背中にしがみついて一緒に下の様子を見ていたデンリュウは、2匹の健闘にメイ以上におっとりとした鳴き声で賛美の言葉を述べていた。


「エアーー!」

「フーチ。」


空を飛べばアタシの方がはやいわ!とエアームドが鳴くが、そのけたたましさで2匹が気付きかねないことを危惧したフタチマルが、静かに、と呼びかける。
下では、すっかり拗ねたイーブイがぷりぷりとしながらゾロアより先に階段を下りていく光景が見える。
幸いなことにこちらには気付いていないようだった。
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