方向音痴と自信家
いつものように体育委員会でいけどんマラソンをしていたら、何故か見慣れない崖に出た。周りを見渡しても、誰もいない。

これは、あれか。また迷ったのか。

無自覚な方向音痴と呼ばれている俺だが、別に迷子になっている自覚がないわけではない。ただ、知らないうちに迷子になっているため、決断力のある方向音痴の左門と並び称されているだけだ。

まあ、それはどうでもいい。

今は、他の委員と合流することを考えなくては。
とりあえず、元来た道を戻れば、見知った道に出られるだろう。
俺は踵を返し、歩を進めた。だが、いくら歩いても、いつも走っている道に出ない。さっき通った道ですらない。それどころか、どんどん険しい獣道になっていき、頭上は大きく枝を広げた木々に覆われ、昼だというのに薄暗かった。

どこで間違えたんだ。

考えてみてもよくわからない。その辺が、無自覚な方向音痴と呼ばれる所以なのだろう。
そんなことを考えていたら、背後から聞き覚えの有り余る声がした。

「三之助!そこを動くなよ!」

振り返ると、滝夜叉丸先輩が息を切らせてこっちに向かってきた。

「あっ、滝夜叉丸先輩」

「だから、動くなと言っているだろ!」

駆け寄ろうとしたら怒鳴られた。意味がわからない。
それでも、言われた通りその場に立ち止まる。
滝夜叉丸先輩が傍まで駆け寄ってきて、慣れた手つきで俺の身体を縄で縛った。

「今日は早かったですね」

「この滝夜叉丸の類い稀なる頭脳をもってすれば、これまでの経験からお前の行方を予測するなど容易いことだ。なんせ、私は教科の成績も一番なら実技の成績も一番で、」

また滝夜叉丸先輩の自慢話が始まった。
これさえなければ、ただの面倒見のいい先輩なのに。だから、成績は良くても性格はカスとか言われるんだよ。

「そもそも、幼少の頃より神童と呼ばれ、周囲の期待を一身に受け」

よくもまあ、自画自賛する内容が尽きないものだ。確かに、成績はいいかもしれないけど。
それにしても、この自慢はいつまで続くのだろう。そろそろ耳が痛くなってきた。

「滝夜叉丸先輩、そろそろ戻りましょうよ。無駄話なんかしていないで」

「無駄とはなんだ、無駄とは。私の素晴らしい話を聞かせてやってるというのに」

「その自信は一体どこからくるんですか……」

「私の余りある才能からだ」

「……謙虚さって大事ですよね」

小声で呟いたら、心外そうに眉をひそめられた。
聞こえていたらしい。

「自信に満ちていて何が悪い」

「悪いってわけじゃないんですけど」

「その通りだ。わかっているじゃないか、三之助」

限度がありますよね、と続けようとしたのに、早合点した滝夜叉丸先輩に遮られた。人の話は最後まで聞いてほしい。

「自分を信じなければ、出来ることも出来なくなってしまう。逆に、自分に自信を持てば、何でも出来るようになるものだ」

「そういうもんですか?」

「そういうものだ」

なるほど。それを考えると、滝夜叉丸先輩の自慢話は自分を励ますためなのかもしれない。何故か、ただの自惚れにしか思えないけど。

「滝夜叉丸先輩って、実はすごいんですね」

「やっと私の凄さがわかったか」

「ええ、俺には真似出来そうにありません」

あの自惚れはある意味才能だ。

「何を言う。お前も、自信を持てば方向音痴くらいは直るかもしれないぞ」

ちょっと想像してみる。自分の決定に自信をもって、行く道を決める俺……。

「左門とキャラが被りますね」

「……自分の方向音痴に自信を持ってどうする」

「やめてくださいよ、照れるじゃないですか」

「褒めてない、褒めてない」

滝夜叉丸先輩はため息を一つつくと、行くぞと言って俺に繋いだ縄を引っ張った。おかげでたたらを踏んでしまったが、すぐに持ち直して滝夜叉丸先輩の後を着いていった。
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