そっくりな猫
紡と浜辺を散歩していると、大きな流木の上に佇む黒猫を見かけた。
黒猫は波の音に耳を澄ませるように、切れ長の金の瞳でじっと青い海を見つめている。物静かな横顔は精悍で、ちさきはつい隣で海を眺める紡と見比べた。

「あの猫、なんか紡に似てる」

「そうか?」

「うん、ああやってじっと海を見てるところとかそっくり」

もともと猫は好きだが、紡に似ていると思うと特別可愛く見えてくる。邪魔してしまうかもしれないが、無性に心惹かれて、ちさきはゆっくりと歩み寄った。
人に慣れているのか、すぐそばまで近付いても黒猫は逃げなかった。首輪はしていないし、毛並みも手入れされている感じではないから野良のようだが、よく人に餌を貰っているのかもしれない。

「こんにちは」

黒猫の鼻先に手を差し出して挨拶をすれば、ついと鼻を近付けて匂いを嗅がれる。警戒されていないことを確認して、そっと頭を撫でると、ゆっくりと目を細めて受け入れられた。

「可愛い。大人しい子だね」

もっと近付きたくなって紡に目配せすれば、了解とばかりに頷かれたので、散歩を中断して黒猫の隣に腰かける。紡も苦笑して、ちさきの隣に腰を下ろした。
黒猫は身動ぎもせず、じーっとちさきを見上げてくる。けれど、また頭を撫でようと手を伸ばすと、すっと立ち上がった。びくりとちさきは手を引っ込める。
調子に乗りすぎてしまっただろうか。構われ過ぎるのは嫌いな子だったのだろうか。
と、肩を落としかけた時、黒猫がそっと膝の上に乗ってきた。
膝の上で丸まった猫にちさきは目を丸くする。躊躇いがちに背中を撫でると、小さくごろごろと喉が鳴る音が聞こえた。海色の瞳を綻ばせ、ちさきは優しく何度も柔らかな黒い毛並みを撫でた。

そうしていると、膝枕をして紡の髪を撫でた時のことを思い出す。あの時も甘えてくれるのが嬉しくて、幸福感が胸に満ちて、ずっと撫でていたい気持ちになった。
もちろん違うところもあって、紡にした時はもっと甘く胸が高鳴ったけれど。それでも、あたたかくて、毛が少し傷んでいるのも同じで、ますます眦が下がる。

「やっぱり、紡に似てる」

「お前には俺がそんなふうに見えてるのか?」

「たまにね、紡もこんな感じになるよ」

紡は腑に落ちない顔をしていたが、ちさきは一人納得してくすくすと笑みを零した。

「すごく人懐っこい子だね。野良みたいだけど、人が好きなのかな?」

「俺に似てるなら、ちさきを好きになるのも当然だろうな」

さらりと言われた一言に、ちさきは目を見開いた。
振り返れば、紡はなんてことないような顔をしている。それは冗談でもなんでもなく、太陽が東から昇って西に沈むくらい当たり前のことを言っただけという態度で、ちさきはわなわなと唇を震わせて顔を真っ赤に染めた。

「どうして、そんな恥ずかしいことをあっさり言えるのよ」

「思ったことをそのまま言っただけだけど」

「だから、そういうとこ!」

そういう人だとわかってはいるけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。照れを誤魔化すために睨み上げるけれど、まったく効果がないどころか、じっと見つめ返されて、こちらの方が堪らなくなって目を逸らす羽目になった。

その時、ふにっと柔らかなものが手に触れた。
見遣れば、黒猫がねだるようにちさきの手を引き寄せようとしてくる。表情は変わらないのに、じっと見上げてくる瞳はなにかを訴えかけるようで、ちさきは尖らせた唇を綻ばせて黒猫の額を撫でた。

「やっぱりこの子、紡に似てる」

「そうか?」

「意外と独占欲強いとことか」

「……なら、今は譲ってやった方がいいか」

「なあに、紡も撫でてほしかった?」

からかい混じりに訊くと、紡は否定しなかった。そのことに気をよくして、家に帰ったらまた膝枕をしてあげようかなと考える。
膝の上を独占する紡そっくりな黒猫は満足げに目を細めていた。
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