怖いもの
「くそー!あと1回勝てばサブウェイマスターだったのに」

「でも、今までの最高記録じゃない。この調子で頑張りましょう」

爽やかな笑顔で、アマネはホイップクリームと一緒にプリンをすくった。
オレもさくさくとした苺のタルトを切り分け、口に運ぶ。甘酸っぱい苺と甘いクリームはお互いを引き立て合っていて、まあ、ざっくり言うとうまい。
バトルサブウェイに挑戦したあとは、どちらが言い出したということもないが、この喫茶店でお茶をすることが決まりになっていた。
知る人ぞ知るといった場所で、人の出入りが少ないから、バトルで疲れた身体を休ませるにはちょうどいい。ケーキの味も最高で、メニューを全制覇しようと色々頼んでいるが、今のところ外れなしだ。内装がアンティーク調で、男1人では入りづらいことを除けば、文句の付け所がない店だった。

「それにしても、思ったよりはやく終わったわね。どうする?この後暇なら、一緒にミュージカルかスタジアムでもいってみる?」

「スタジアムって、今なんの試合してんだ?」

「確か、アメフトだったと思うけど」

アメフトか。
オレ、野球派なんだよなあ。かといって、ミュージカルはまったくセンスがないって太鼓判押されてるし。

ストローでアイスコーヒーを吸い上げながら、窓の外に目をやる。
手前にスタジアム、奥にミュージカルの看板が見えた。視線をずらしていくと、観覧車の頂上が建物の陰からひょっこりと顔をだしている。
観覧車、か。そういや、アマネと乗ったことはなかったな。

「なあ、観覧車はどうだ?」

「観覧車?うーん、ミスミ君が乗りたいならいいけど」

妙に歯切れの悪い返事に首を捻る。
イエス・ノーははっきり言うタイプなのに。

「観覧車いやなのか?高所恐怖症とか?」

「ううん、そういうわけじゃないの」

だよな。
“そらをとぶ”を普段から使ってるのに、高所恐怖症のわけはないよな。
けど、他に観覧車を嫌がる理由ってなんだ?
クーラーがないから、真夏に乗りたくないとか?

「まあ、無理強いする気はないし、理由も言いたくないなら訊かないけど」

「無理ってわけじゃないの。ただね……」

「ただ?」

先を促すと、アマネは決まりの悪そうな顔で口を開いた。

「昔、観覧車が怖くて、今もあまり好きじゃないだけ」

オレは目を丸くした。
高所恐怖症じゃないのに、なんで観覧車が怖いんだよ。

「理由訊いてもいいか?」

「笑わない?」

「多分」

「こういうときは、嘘でも笑わないって言ってよ」

もう、とアマネはため息を吐いた。

「本当にたいしたことじゃないんだけど、昔ね、1人でこっそり観覧車に乗ったことがあるのよ」

よく乗れたな。前に1人で乗ろうとしたらしつこいくらいに止められたぞ。
方法が気になったが、話を腰を折るのも悪いから、相槌をうつだけにしておいた。

「最初は楽しかったんだけど、どんどん離れていく地面を見ていたら、このまま1人空の上に取り残されちゃうんじゃないかって、怖くなっちゃって。今思い出すと、馬鹿な考えなんだけどね」

「なるほどな」

意外だな。アマネがそのくらいでびびるなんて。いつも、強気で無敵って顔してるのに。

「ちょっと見てみたいな」

「今は平気よ。それに、ミスミ君が一緒なら怖いものなんてないし」

なにげにすごいこと言われてねえか、これ。
そこに大した意味はないとはわかってるけど、ちょっとびびる。

「アマネ、そういうことはあんまり言わない方がいいぞ。男って馬鹿だから」

アマネは眉を寄せ、首を傾げた。
無自覚ってこえーな。
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