味のないあんみつ
木目のついたテーブルに、あんみつが2つおかれた。寒天やあんこ、干し杏子にかかった蜜がきらきらと光っている。

「ここのあんみつ、エンジュでは評判なんだよ」

あたしの前に座るマツバさんは、人好きする顔で笑った。
普段なら特に思うこともないけれど、今はマツバさんの真意がわからなくて、その笑顔にも裏があるように見えてしまう。
ただのジムリーダーと挑戦者の関係なのに、いきなりお茶に誘ってくるなんて、絶対になにかあるに決まってるわ。
ジム戦を経て興味が湧いたという線もなくはないけど、それならあたしよりもキョウスケを誘うはず。キョウスケと戦っていた時、マツバさんの目はあたしの時と明らかに違っていたから。それに、キョウスケは先日、マツバさんが長年追い求めていたホウオウをゲットした。気にならないはずがない。
もしかして、だから誘われたのかしら。

「遠慮しないで食べなよ」

マツバさんがあんみつを口にしたのを認め、あたしも蜜のかかった寒天とあんこを一緒にすくって口に持っていった。
甘い。
認識できたのは、それだけ。これもいつもなら、おいしいと感じられるんだろうけど、じっと観察するように見つめられているから、居心地の悪さが勝ってしまって、味覚を楽しむどころじゃない。

「緊張してるね」

「当たり前じゃないですか。一体、なんの目的であたしを誘ったんですか」

「君の相談にのるため、かな」

歯切れの悪い返事に、あたしは呆気にとられてしまった。今までぴんと張りつめていた緊張の糸がだらんと垂れる。
相談?あたしが、マツバさんに?
たいしても親しくないのに、なにを相談しろって言うのよ。

「マツバさんに相談することなんて、ありません」

「僕にもそう見えるけど、ミナキ君から相談にのってやってくれと頼まれてね」

「ミナキさんが?」

ますますわけがわからない。
ミナキさんとそんな話をしたことはないし、悩みがあったとしてもミナキさんに相談するつもりもない。

「ミナキ君には、君が何か悩んでいるように見えるそうだよ」

その言葉に、どきりとした。手元が震えて、器に当たったスプーンが甲高い金属音を立てる。
動揺を感づかれたのか、マツバさんは片眉を上げた。
確かに、最近悩んでる事がある。隠していたつもりだったのに、まさかミナキさんに気付かれてたなんて。
スイクンしか見えてないようで、意外と他人のことも気にしてたのね。
気持ちを落ち着けるために、息を深く吸って、ゆっくりと吐き出す。

「なるほど。だいたいの事情は把握しましたけど、どうしてミナキさん本人が相談にのってこないんですか?」

「ライバルだから、とミナキ君は言っていたね」

ほんと、他人のことをよく見てる人ね。
あたしのプライドの高さをよくご存知で。

「ミナキ君から話を聞いたときは半信半疑だったけど、彼の見立てに間違いはないみたいだね」

「そうですね。見透かされてたのは認めます」

「ミナキ君が言っていたとおり、素直じゃないね」

あの人、なにを話したのかしら。
内容によっては叱っておかないと。

「僕で力になれるかはわからないけれど、君さえよければ相談にのるよ」

マツバさんは口元にゆるく笑みを描いた。
あんみつを口に運びながら、どうすべきかを考える。
プライド云々の問題で考えれば、マツバさんに相談すること自体は問題ない。マツバさんはあたしの敵ではないし、守る対象でもない。言ってしまえば、ただの旅の途中で出会った大人。自分1人で出来ることが限られていることくらいわきまえているから、そういう人に助けを請うことに抵抗はない。
あとは、マツバさんに相談して、得るものがあるかどうか。
エンジュジムジムリーダー。千里眼をもつゴーストタイプのエキスパート。ミナキさんの旧友。長年ホウオウを求め、結局叶わなかった人。
あたしが知るマツバさんの情報と、悩み事を鑑みる。
どこまで見抜いていたかはわからないけど、ミナキさんは手持ちのカードの中から、最良のものを選んだようね。 寒天とあんこをわずかに残した器に、スプーンを置く。

「それじゃ、お言葉に甘えて質問させてもらってもいいですか?」

「どうぞ」

「マツバさんは、キョウスケを恨んでますか?」

マツバさんは目を見張った。少しの変化も見逃さないように、あたしはその目を見据える。
マツバさんは開かれた唇を引き結ぶと、すぐにいつもの余裕を感じさせる笑顔をつくった。

「それは、君の悩みに関係すること?」

「ええ。とても」

意図を測りかねる、というように、マツバさんの眉間に皺が寄った。

「マツバさんも、ずっとホウオウを求めていたんですよね?ミナキさんみたいに。だから、どんな気持ちなのかと思って」

「君はもしかして、ミナキ君に遠慮しているのかい?」

あたしは小さく頷いた。
マツバさんは、静かに目を伏せた。

「君は傲慢だね」

その声は、鋭利な氷のようだった。
向けられる視線に険が滲む。

「君は自分がスイクンに選ばれると思っているのかい?」

「そんなつもりは」

ない、とは言い切れなかった。
何度もスイクンと対峙するなかで、自分がスイクンに選ばれる可能性をまったく考えなかったといえば嘘になる。

「さっきの質問に答えようか。僕は確かに、キョウスケ君を恨んでいるよ。けれど、もし彼が僕に遠慮してホウオウを諦めていたら、それ以上に軽蔑しただろうね」

「ミナキさんも、そうだと?」

「さあ?」

マツバさんは首を傾げた。
ちょっといらっとした。

「ただ、僕の友人をみくびらないでほしいと思っただけだよ」

「そう、ですか」

背もたれに背中を預けると、息とともに胸の中の澱が吐き出された。
なんだか、すごく馬鹿なことで悩んでいたみたいだわ。

「マツバさんの言う通りですね。ミナキさんに遠慮なんかせずに、あたしはあたしのやりたいようにやってみます」

なんとはなしにスプーンをとって、器に残ったあんみつをすくう。
口に入れると、上品な甘さが舌に絡んだ。
さっきまで味なんてわからずに食べていたけど、こんなにおいしいものだったのね。

「マツバさん、もう一杯おごってもらってもいいですか?」

「それは遠慮してもいいんだよ」

「遠慮はしないことにしました」

笑顔で言い切ると、マツバさんは乾いた笑い声をもらした。
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