理解し難い人
歌が聞こえた。

どこか懐かしいけれど、ところどころ音程が外れていて滑稽に聞こえる。

その歌が妙に気になり、リュウラセンの塔へ向かっていたNは踵を返した。
途中、プラズマ団の団員に引き止められたが、適当にあしらって歌の主を探す。

野生のポケモン達に尋ねると、この先の草原で少年が歌っているという。

歌が終わる前に見付けたくて、Nは駆け出した。


******


草むらを掻き分けて進んでいくと、開けた場所に出た。
そこに立つ一本の木の下に、彼らはいた。

ミスミが穏やかな表情で歌っていた。
その横で、ムーランドは気持ち良さそうに船を漕いでいる。
ミスミの頭の上に乗ったヒトモシと傍らでどくろを巻いているジャノビーは、歌の下手さに苦笑しながらも、静かに歌に耳を傾けていた。
その後ろでは、スワンナが可笑しな合いの手を入れ、ドリュウズとゼブライカが踊っていた。

木漏れ日に包まれたその光景に、Nは眩しそうに目を細めた。

それはNが求める理想とよく似ていたが、ある一点において決定的に違っていた。
人とポケモンが互いを信頼し合い、共に生きるなんて、天と地がひっくり返ってもあり得ないと思っていた。そんなものは甘い理想でしかないと。
しかし、ミスミと出会ってから、本当にそうなのかわからなくなってきた。彼とポケモンの関係は、Nが知っていたものと違いすぎた。
もしかすると、ミスミと出会った時に天と地はひっくり返ってしまったのかもしれない。

それにしても、ひどい歌だ。

Nはいつものようにミスミの方へ歩を進め、声をかけた。
ポケモン達は和やかに挨拶してくれたが、ミスミはNの姿を認めた途端、歌を止めて顔を顰めた。
先程までの穏やかな顔が嘘のようだ。

「何しに来た」

「キミ、意外と音痴なんだね」

「下手で悪かったな!オレがうまいとでも思ってたのか!?」

「別に」

歌が上手いか下手かなど、考えたことすらなかった。

「ねえ、さっきの歌、もう一度歌ってよ」

「嫌だ!」

潔い即答だった。
予想していた反応に、Nは小さく笑った。
ミスミがNのお願いをきいたとしたら、それこそ青天の霹靂である。

「お前は一体何がしたいんだ?」

「英雄になりたい」

「ああ、そうかよ」

ミスミは呆れたように額に手をあてた。
どんまい、とスワンナが翼で彼の肩を叩く。
だが、冗談ではなく本気だ。

「ボクはもうすぐ英雄になれるかもしれないんだ」

ミスミが弾かれたように顔を上げた。
Nは子供のような笑みを浮かべ、謳うように語る。

「リュウラセンの塔にゼクロムが眠っている。今夜、ボクはそこでゼクロムとトモダチになる」

ついとNはリュウラセンの塔に視線を向けた。ミスミとポケモン達もそれに倣う。

「ようやく、ボクの理想が叶うかもしれないんだ」

そのためには、ミスミにも英雄になってもらわなければならないけれど。
それを理解しているのか、いないのか、ミスミは静かに目を伏せた。
彼のポケモン達が気遣わしげに窺う。
ミスミはしばし口を噤んだ後、一度だけ深く頷いてNを見据えた。

「N」

「なんだい?」

告げられるのは制止の言葉か、幾度目かの宣戦布告か。
自分を凛と見据える瞳を見返す。

「気が変わった」

「えっ?」

「さっきの歌、もう一度歌ってやる」

次々と予想もしてなかったことを言われ、自分の耳を疑った。

彼は、自分の話を聞いていたのだろうか?

呆然とするNに構わず、ミスミは歌い始めた。
スワンナがまた可笑しな合いの手を入れ、ドリュウズとゼブライカが踊り出した。
ムーランドは完全に夢の世界へ行き、ヒトモシは楽しそうに体を揺らしている。
ジャノビーは目を閉じて、下手くそだと呟いた。
完全に置いてきぼりになったNは、ただその歌に耳を傾けるしかなかった。

いったい、何のつもりなのだろう。
なにか思うところがあるのか、それとも本当にただの気紛れか。
わからない。ミスミについてはわからないことばかりだ。

教えてくれと目で訴えても、ミスミは無視して歌い続けた。
気付いているくせに、なんて意地の悪い人間なのだろう。
歌い終わったら、教えてくれるだろうか。
教えてはくれないだろうと確信しつつも、Nは静かに歌い終わるのを待ち続けた。

ああ、それにしても下手くそな歌だ。
けれど、懐かしい歌だ。
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