紅の幻想
それからは一方的だった。
当然だ。
ジムリーダー三人とジョウト・カントーの全ジムを制覇した少女二人に、たかだか数だけは多いゴーストポケモンが適うはずがない。
最後まで粘っていたボス格のムウマージも倒れると、景色が陽炎のように揺れ、関所や鈴の塔が姿を現した。
「やったで!元に戻った!」
アカネが手を叩いて喜ぶ。
リアクションの差はあれど、他の四人も嬉々としていた。
ムウマージはのろのろと起き上がると、おぼえてろよコンチクショー、というように睨み付け、仲間を連れて去っていった。
「もう悪戯したらだめだよー。もししたら、またやっつけるよー!」
ゴーストポケモン達にユイは釘を刺すが、彼らが聞いているのかどうかわからない。
聞いてなくても、これに懲りてやめてくれればいいが。
そんなことを考えながら、ハヤトはピジョットに礼を言ってボールに戻した。
「さて、俺達はエンジュジムに行くか」
「そうね。心配かけたろうし」
「ヤナギのじいちゃん怒っとらんといいけどな」
「あたし達も関所の中に入りましょう。しばらくは紅葉見たくないし」
「そうねー。キョウスケ達と連絡とりたいけど、紅葉は視界からシャットアウトしたいしね」
そんな軽口を叩きながら、五人は関所の中へ入った。
そこにキョウスケとカナデとマツバがいて、五人は目を丸くした。
「キョウスケ、なんでいるのよ」
「待ち合わせ場所に二人がいないから探しにきたんだよ」
「鈴音の小道じゃなくて、エンジュのポケセンになったこと忘れてたのか?」
「ごめんなさい、すっかり忘れてたわ。でも、カナデに指摘されるのは腹立つ」
アキラはきっとカナデを睨んだ。カナデも反射的に睨み返す。
その間にキョウスケが割って入った。
「はいはい、喧嘩しないの。アキラ、カナデは二人のことすっごく心配してたんだよ。二人とも連絡つかなかったから余計に」
「おい、キョウスケ!何言ってんだ!」
「へー、心配してくれたんだー」
にやにやしながら、ユイはカナデに詰め寄った。
否定しても無意味なのでカナデはたじたじだ。
その二人をアキラが面白くなさそうに見ていた。
「よくもまあ、あたしのユイに近付いてくれるわね、あのアホ毛」
「近付いてるのはユイだから。その限りなく殺気に近い何かを引っ込めてよ」
キョウスケが呆れ顔で嗜めるが、アキラはカナデに何かしら念を送っている。
アキラとカナデが出会うといつもこうだ。
まあ、何も仕掛けないうちはいいだろう。
そう考えて(諦めたともいう)、キョウスケはマツバに向き直って頭を下げた。
「二人を見付けてくれてありがとうございます」
「いいよお礼なんて。僕もハヤト君達を探してたし」
真剣な顔でお礼を言うキョウスケに、マツバは苦笑した。
キョウスケはもう一度マツバに礼を言うと、手を叩いて自分に注意を向けさせた。
「ほら、みんな。今日はもう遅いから紅葉狩りは中止。帰るよー」
キョウスケが呼び掛ければ、アキラ達三人はすぐに集まってくる。
大人しそうに見えるが、この四人の中で一番強いのはキョウスケだ。
「じゃあ、ありがとうございました。さようなら」
「ああ、またね」
「さようなら」
「またゆっくり話そうなー」
「戦いたい時は電話しろよ!」
「その時はお守り小判つけておきますから覚悟しておいてください。では、また」
「また会いましょうねー」
「………じゃあな」
各々に別れを言って、キョウスケ達は関所から出ていった。
******
キョウスケ達を見送ってから、ハヤト達はマツバに向き直った。
「俺達を探してたって本当か?」
「ヤナギのじいちゃんの説教から逃げてきたんとちゃうん?」
「そんな恐ろしいことするわけないだろう」
そんなことしたら、余計に説教が長くなるだけだ。
マツバはため息をついた。
「三人があまりにも遅いから、探してこいって追い出されたんだよ。面倒なことに」
「けど、マツバはんが会議を忘れとらんかったら、こんなことにはならなかったやん」
「そうだぞ。おかげで、大変な目に合ったんだからな」
「……まあ、そうだけど」
「自業自得よね」
「ミカンちゃんまで……」
先程までヤナギの説教を受けていたために精神的ダメージが酷いというのに、さらにそれを抉られているみたいだ。
マツバは態勢を整えるために、一度咳払いをした。
「まあ、それについては悪かったと思う。今度埋め合わせするよ」
「そんならいいけど」
アカネが了承する。ハヤトとミカンも異論はないようで口を挟まなかった。
そのことに胸を撫で下ろす。
「ところで、ずっと気になってたんだけど、どうしてハヤト君は頭に紅葉を刺してるんだい?」
「はっ?何言って……ああっ!」
ハヤトは頭に手をやると、ようやく紅葉の存在に気付いて声を上げた。
「なんや、気付いとらんかったんか。鈍いなー」
「ユイちゃんが楽しそうに刺してたわよ」
「ユイのやつー!」
ハヤトは頭に刺さっていた紅葉を床に叩きつけた。
それを見て、アカネとミカンがおかしそうに笑う。
「君達、楽しそうにしているとこ悪いけど、ヤナギさんが怒ってたから覚悟した方がいいよ」
「「「えっ……」」」
あの絶対零度の説教が容易に想像できて、ハヤト達三人は身を震わせたのだった。