いつかのワンダーランド
笑い合うと落ち着いて考えられるようになり、オレたちは話し合って状況を整理した。
驚いたことに、ここはジョウト地方エンジュシティだった。あの瓦屋根の塔も正真正銘エンジュ名物スズの塔だったらしい。
オレと同じようにイッシュを発ってジョウトを旅していたトウカは、紅葉狩りをしに街はずれにあるこの森にきたんだそうだ。

「ミスミが帰るためには、そのポケモンを見つけないといけないのね」

「多分な。他に手がかりもねえし」

「私も手伝うわ」

「ありがとな。けど、その前に」

真剣に力を貸してくれようとするトウカに、オレはにっと口の端を吊り上げた。

「せっかくまた会えたんだから、この事態を楽しもうぜ。トウカたちは紅葉狩りにきたんだろ? オレたちも混ぜてくれよ」

トウカがまた目を丸くする。けど、すぐにつられたように「もちろん」と笑みを浮かべた。

了承も得たところで、オレは早速ポケモンたちをボールから出した。
トウカとトウカのポケモンたちを見て、ゼブライカのシーマとドリュウズのグリははしゃいだ声を上げた。
前回、とくに気が合ったトウカのゼブライカ――ワッフルと前脚を高く上げていななき合う。

スワンナのアルも久しぶりーと挨拶するように片翼を上げた。
トウカのウォーグル――フランが同じように挨拶を返してくれ、その隣にいたヒヤップ――前に会った時は連れていなかったやつだ――も、よくわかってなさそうな顔ではあるが、ばんざーいと両手を上げた。

シャンデラのユラも控え目ではあるがお辞儀をする。
トウカのコジョンド――ムースとストライク――こいつもはじめて見る――が短く鳴いて挨拶を返した。

前回は怯えていたムーランドのリクも今回は大丈夫そうで、みんなと一緒に輪の中に入っていき、コーン、とトウカのキュウコン――トルテに弾んだ声で迎えられた。トルテの隣が定位置らしいゾロアーク――シフォンは腕を組んで斜に構えていたが、トルテが嬉しそうに話しかけると相槌は打っていた。

その様子を1歩下がったところで見ていたタージャに、トウカのジャローダ――ミルフィーユが話しかけてきた。
相変わらずタージャは無愛想だが、構わずミルフィーユは話を続けている。なんて言っているのかはわからないが、多分再会を喜んでくれているのだろう。

ポケモンたちの仲は大丈夫そうだな。
オレとタージャがきた時に木の洞に隠れてしまったポケモンがいるのは気になるけど。野生のポケモンだったんだろうか?
それとも、リクと同じで臆病なのか?
トウカも気にしているらしく、洞の方を見つめてから、ストライクに目配せした。

「ミスミも座ったら」

トウカが自分の隣をとんとんと叩いて示した。
お言葉に甘えてトウカの隣に腰かけると、クッキーの入った箱が差し出された。

「みんなで作ったものだけど、よかったら食べて」

トウカの周りにはクッキー以外にも、一口タルトとかマフィンとか、色々な種類のお菓子が置いてあった。
これ全部トウカが作ったのか。すげえな。流石甘い物好き。

「ありがとな。いただきます」

クッキーはプレーンとココア、それからよくわからない緑色のものがあった。
気になって、緑色のクッキーを食べてみる。さくっとした食感とともに、控え目な甘さが口の中に広がる。その中にコーヒーともまた違うほろ苦さがあった。

「うまい。けど、これ、なにが入ってるんだ?」

「抹茶というジョウトのお茶よ」

「へえ、お茶なのか」

オレはまた抹茶のクッキーに手を伸ばした。
うん、うまい。気に入った。
オレは他の味のクッキーや別のお菓子も摘まみながら、ポケモンたちに目を向けた。

「ローダ、ローダ?」

「ジャロ」

「ローダ」

ミルフィーユがタージャになにか尋ね、タージャが短く答える。
味の好みでも訊いたのか、ミルフィーユはヒメリの実がのった一口タルトを蔓でとり、タージャに差し出した。タージャは素直に蔓で受け取り、ぱくりと口の中に入れた。

「ジャ」

「ローダ!」

恐らく、うまい、とタージャは素っ気なく鳴いた。尻尾が小さく揺れてるから、実はかなり気に入ってるな。
そうでしょ、とでも言いたげにミルフィーユは弾んだ声を上げる。トウカと一緒に作ったお菓子を褒められて嬉しいらしい。

「ジャローォ」

その時、タージャがちらとオレを見やり、なにか言った。その声には嘲るような響きがあった。

おい、タージャ。今、オレのことを馬鹿にしただろ。
うちのトレーナーと違ってミルフィーユのトレーナーはお菓子をつくれてすごいなーとか、そんな感じのあてつけをしただろ。
言葉がわからなくても、そのくらいはわかるからな。

ミルフィーユの方はタージャの真意に気付いていないらしく、嬉しそうに尻尾を振っている。
ミルフィーユはいいな、純粋で可愛くて。同じジャローダなのに、なんでこんなに違うんだろうな。

そんなことを考えていると、ぎろりとタージャに睨まれた。
先に喧嘩売ったのは、お前だからな。

一抹の虚しさを感じながら癒しを求めて別の場所に目を向けると、アルが緑色の――多分抹茶の――パウンドケーキをつついて、近くにいたフランとヒヤップにクアーと話しかけていた。答えるようにフランがばさっと艶やかな翼を広げる。
アルも白い翼を広げ、お菓子のお礼のつもりなのか、翼の先から水を飛ばして得意の水芸を披露した。日の光を反射して、アルの上に小さな虹がかかる。純白の翼を広げて虹の傘を差した姿は綺麗で、何度も見ているオレでも目を奪われるものだった。

「ウォー」

「ヒヤー」

すごい、とばかりにフランがばさばさと羽ばたき、ヒヤップがぺちぺちと拍手をする。
褒められたアルははにかんで、クアーとのんびりした声を上げた。

なんだ、あそこ。マイナスイオンでも発生してるのか。

「そういや、前はいなかったポケモンもいるけど、新しくゲットしたのか?」

「ストライクのキッシュと、あそこに隠れてしまっているエーフィのパフェはジョウトでね。ヒヤップのシャルロットはもっと前にゲットしていたのだけど、前会った時はアララギ博士に預けてたの」

今日はみんなで紅葉狩りをしようと、預けていたポケモンも連れてきたらしい。
だから、6匹以上連れているのか。

オレはパフェが隠れているという木の洞を見やった。
洞の外からキッシュが話しかけているようだが、パフェはまったく姿を見せない。

「パフェは臆病なのか?」

「ええ、生まれた時からずっとね。あれでも、少しはましになっているのだけど」

トウカは困ったように眉を下げた。
オレにはトウカの気持ちがよくわかった。オレの手持ちにも似たようなやつがいるからな。

「リクみたいなやつだな」

「そういえば、パフェとも甘い物で仲良くなったのよ。デザートのパフェをあげたら、とても気に入ってくれて。だから、ニックネームもパフェにしたの。同じ方法で、ミスミたちとも仲良くなれたらいいのだけど」

「甘い物か……」

残念ながら、パフェどころかお菓子すら今は手持ちがない。せいぜい甘い味のモモンの実やマゴの実くらいだ。
それに、ここにはトウカたちが作ったお菓子がたくさんある。今更オレたちが甘い物を差し出したくらいで、興味を持ってくれるだろうか。

そんなふうに頭を悩ませていると、キッシュとパフェのもとにサイコキネシスでたくさんのお菓子を運ぶユラとリクがやってきた。

「シャアーン」

「ばうばう」

「スト」

ユラとリクはキッシュに声をかけ、洞の前にお菓子を並べた。クッキーやタルト、パイ、マフィンなんかが1つずつ置かれていく。どうやらパフェのためにお菓子を持ってきたらしい。
リクはあらゆるものに怯えて、ユラはあらゆるものを諦めて、心を閉ざしていたことがある。だから、閉じ籠ってしまっているパフェのことを他人事と思えなかったんだろう。

「優しいコたちね」

「だろ?」

トウカに2匹のことを褒められて、オレは得意になって頷いた。

ずっと見られていると出づらいだろうと思ったのか、リクとユラは洞の中に一声だけかけて、すぐにそこから離れていった。
その判断は正しかったらしく、しばらくして、そろそろと耳を垂れ下げたポケモンがでてきた。マフィンを齧って、リクとユラの背を見やる。二股の尻尾がゆらゆらと穏やかに揺れた。

「ドーリュー!」

だが、そこにグリが駆け寄ってきて、驚いたパフェはまた洞の中に引っ込んでしまった。
あいつは本当に空気を読まねえな。
キッシュも同じ気持ちなのか、半目になってグリの顔を睨んだ。

グリの興味はパフェではなく、キッシュの方にあるらしい。きらきらした瞳で、キッシュの鋭い鎌を見つめている。
キッシュの方も悪い気はしないらしく、毒気を抜かれたような顔で鎌をグリの目の前まで持ち上げた。

「リュウ、ドリュー」

「スト、ストラ」

キッシュはひらひらと風に乗る紅葉を素早く鎌で一閃し、真っ二つにしてみせた。
スピード、技のキレ、どれをとっても高い実力を窺わせる一太刀にグリの瞳がさらに輝く。

「ドリュ!」

グリも自慢の爪を煌めかせ、同じように落ちてくる紅葉を切り裂いてみせた。
どうだ、とばかりに胸を張るグリにキッシュが鋭く目を細める。グリとはタイプが違うが、強さを追い求めているという点では似通っているのかもしれない。

「ジョフ」

そこに、自分も負けていない、というようにムースもやってきた。拳を突き出し、その衝撃波で舞い落ちる紅葉を粉砕する。
単純なパワーだけなら、3匹の中で頭一つ抜けているかもしれない。グリも気になるらしく、長い毛に覆われた腕の筋肉を爪の先でつんつんとつついていた。

「キッシュもムースもすげえな」

「グリもね。とても強そうだわ。素敵」

トウカの声は落ち着いていたが、瞳にはかすかにトレーナーとしての炎が宿っていた。
クールでミステリアスな印象だったが、トレーナーとしては案外熱いものを持っているのかもしれない。それは元からなのか、ムースとキッシュに感化されたのかまではわからないが、だからこそ、あの2匹はトウカと一緒にいるんだろう。

「お菓子がなくなったらさ、腹ごなしも兼ねてポケモンバトルをしないか?」

ふと思いついた、だが、前に会った時からしてみたいと思っていたことを提案してみる。
訊いておいてなんだが、きっとトウカは断らない気がした。

「ええ、喜んで」

予想通り、トウカは口の端を上げて頷いた。
その笑みはアマネとは全然違ったが、アマネと同じ、確かな実力を持ったトレーナーのものだった。
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