遥か遠き白銀の
ヒヅキさんが普段生活しているという岩屋は、山の中とは思えないほど生活感に溢れていた。
地面に敷かれた絨毯、小さなベッド、炬燵、さらにはテレビとゲーム機まで置いてある。ホウエン地方で見かけた秘密基地みたいだ。あれも流石に電気までは通ってなかったけど。

戦闘不能になったポケモンたちはハヅキさんのハピナスが回復してくれるそうだから、素直にその厚意に甘えてハピナスにポケモンたちを預けた。ハピナスは任せてとばかりに胸を叩いて請け負った。
頼もしいかぎりだ。

ハピナスがポケモンたちを看ていてくれる間、オレたち4人は炬燵を囲んだ。オレとヒヅキさん、ハヅキさんとアオイさんが向かい合う形になる。

「本題に入る前に1つ質問していいですか?」

オレは全部わかってるような顔をしたアオイさんを睨むように見やった。

「なんでオレとヒヅキさんがバトルする話になったんですか?」

「色々こっちにも事情があったんだよ」

「ボクをイッシュにつれていきたかっただけだろ」

面倒そうにはぐらかすアオイさんを遮って、ヒヅキさんがきっぱり答えた。
が、言葉が足りなさすぎて意味がわからない。代わりにハヅキさんが説明を続けた。

「ヒヅキとアオイはね、イッシュ地方で開催されるポケモンワールドトーナメントっていうのに誘われてるの」

「ポケモンワールドトーナメント?」

「知らないの? 世界中のトレーナーが集まるポケモンバトルの大会。ヤーコンさんって人が、自分の街を発展させるためにつくったらしいんだけど」

「オレがイッシュにいた時にはまだなかったので」

けど、主催がヤーコンさんなら納得だ。
あの人、儲け話とか好きらしいからな。そういう大掛かりなこともやるだろ。

「で、なんでヒヅキさんはイッシュに行きたがらないんですか?」

「アオイの思い通りになるのが嫌だった」

拗ねたように顔を背けて、ヒヅキさんは答えた。
だから、あんたは言葉が足りねえんだよ。
代わりにまたハヅキさんが説明してくれた。

「アオイが、ようやくヒヅキも表舞台に戻ってくる、ってはしゃいじゃったから、反発して行かないって言っちゃったの」

なんだそれ。ガキかよ。

「ヒヅキさんとアオイさんって仲悪いんですか?」

「一周回っていいんじゃないかな」

呆れたように肩を竦めたハヅキさんの見解を「よくない」と綺麗に揃った2つの声が否定する。
なるほど、確かに一周回って仲がいい。

「こんな感じだからヒヅキが意地張っちゃって。でも、そんな理由で閉じ籠ってるなんて、もったいないでしょ? そこでアオイは、イッシュのトレーナーと戦うことでイッシュに興味を持ってもらおうと、こんな回りくどいことを考えたらしいの」

つまり、オレは出汁にされたってわけか。
なんか裏があるのはわかってたけど、やっぱりいい気はしねえな。

「だったら、最初から言ってくれればよかったのに」

「言ったら面白くねえだろ」

悪びれもなく言い切ったアオイさんをオレは半目で睨んだ。
こいつ、かなり性格が悪いぞ。ヒヅキさんが意地を張るわけだ。

「それに、アオイさんの思い通りになるのが嫌だって理由でイッシュに行きたがらないんなら、こんなことしても無駄じゃないですか? 余計に閉じ籠もるだけでしょうが」

ばれてないならともかく、全部ばればれだったわけだし。
ヒヅキさんも深く頷いた。

「アオイはいつも詰めが甘いんだよ」

「お前に言われたくはねえよ。さっきのバトルだって、結構押されてたくせに」

ヒヅキさんとアオイさんの間でばちばちと火花が散る。人前で喧嘩しないの、とハヅキさんが宥めるからそれだけで済んでいるが、そうでなければ取っ組み合いになってそうな雰囲気だ。
バトルしてる時は威圧感がすごくて人間じゃない気すらしてたけど、こうして見るとヒヅキさんも普通の子供だな。表情の乏しさも声の抑揚のなさもバトルの時と変わらないが、纏う雰囲気は砕けたものになっている。なんか安心した。どれだけ強いトレーナーでも、家族や幼馴染の前では気を抜くんだな。

「でも、イッシュには行くよ」

「えっ、この流れで行くんですか?」

「うん」

そういうことだからよろしく、とヒヅキさんは治療中のポケモンたちに声をかけた。ヒヅキさんのポケモンたちが当然のように鳴き声を返す。
アオイさんとハヅキさんもこうなることがわかっていたみたいな顔をしていた。予想していなかったのはオレだけらしい。

まあ、オレとバトルしたことでイッシュに興味を持ってくれたっていうんなら、悪い気はしねえかな。アオイさんの思惑にのせられてんのは癪だけど。
「イッシュにはオレより強いやつがごろごろいるので、退屈はさせませんよ」と故郷を自慢してやると、ヒヅキさんはかすかに口の端を上げた。うん、やっぱり気分はいいな。

「それで、本題なんですけど」

「なに?」

「あんたはNに会ったことがあるんですよね?」

ヒヅキさんは瞬きをしてから、少し考えるように虚空を見つめた。ハヅキさんに「ほら、この前言ってた黒いドラゴンポケモンをつれたイッシュのトレーナー」と耳打ちされて、ようやく思い出したように、ああ、と呟く。

「ゼクロムのトレーナーか。キミの友達の」

友達、という単語にオレは目を瞬かせた。
友達、トモダチ、ともだち……。
母さんにNのことを話した時も同じ単語を言われたが、その時と同じむずかゆさが全身を駆け巡った。
「違った?」とヒヅキさんに問われても曖昧な返事しかできない。ハヅキさんの微笑ましそうな眼差しとアオイさんの面白がるような含み笑いが刺さっていたたまれなかった。

「あいつ、オレのことをどんな風に言ってたんですか」

「それはキミが直接聞いた方がいい」

まじであいつはなにを言ったんだ。内容によっては殴ろう。
……ヒヅキさんの態度からして、悪口を言われたわけではないのはなんとなくわかるけど。

「じゃあ、あいつの行き先を教えてください」

「知らない。別の地方に行くとは言っていたけど」

結局あいつの手がかりはなしか。
オレは思わず深いため息を吐いた。ハヅキさんが「大丈夫、きっと見つかるよ」と励ましてくれるが、そんな根拠のない言葉で元気になれるほどおめでたい頭はしていない。
これだけ苦労したんだ。せめて1つだけでも収穫がほしかった。

「あいつは旅は楽しんでましたか?」

ヒヅキさんは少し考える素振りを見せた。何故かポケモンたちを見やってから、オレに視線を戻す。

「楽しそうだったよ、すごく」

その答えを聞いて、胸の内に広がっていくものがあった。
そうか。あいつもちゃんと旅を楽しんでるのか。

治療中のポケモンたちの方に目をやると、話を聞いていたらしいタージャ、リク、ユラと目が合った。タージャは天邪鬼らしく尻尾を地面に打ちつけ、リクはよかったねとばかりに鳴き、ユラは炎を揺らして喜んだ。それを見て、わかっているのかいないのか、シーマとグリとアルもはしゃいだ声を上げる。レシラムは目を閉じてじっとしていたが、ほんの少し口元が緩んでいた。
ここまできた甲斐はあったな、とオレも自然と笑みが零れた。



→あとがき
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