故郷を歩く
水色のペンキで彩られた基地の中は、風が吹くたびに形を変える光と、ベルがつくった貝殻とビーズのカーテンのおかげで海の底みたいだ。
秘密基地にしてはファンシーすぎる気もするが、ベルに甘いオレとチェレンがその装飾に異議を唱えることはなかった。
真ん中には、3人で内緒話をする時に座る3つのクッションがある。青のストライプがオレの、チェレンのは黒の無地、オレンジのハート型はもちろんベルの。
オレのクッションに、当然といった顔でタージャが座った。
ポカブはビーズカーテンを通って床に落ちた七色の光が気になるらしく、床ばかり気にしている。
ミジュマルは壁際に積まれた缶の山を熱心に見ていた。

「それはね、宝箱だよ」

ミジュマルはベルに確認をとってからから、宝箱の蓋を開けた。
ミジュマルが手に取った宝物は海岸で拾った貝殻や瓶の破片とか、大人からすればガラクタのようなものばかりだ。それでも、幼い頃のオレたちにとっては宝石同然のものだった。
ミジュマルはそのなかでも、虹色に輝く鱗に興味をもったようだ。
光の角度で色を変えるそれに、タージャとポカブも反応を示した。

「それはみんなで釣った鱗だよ。えっと、ミロカロスのだったよね?」

「そうそう。17番水道でミロカロスを釣ろうと半日粘ったんだけど、結局それしか釣れなかったんだよな」

「でも、おかげで17番水道にミロカロスが生息していることがはっきりしたじゃないか」

ミジュマルを囲んで、タージャとポカブも綺麗な鱗を覗き込んだ。
ポケモンが光り物に興味を示すという話を聞いたことがあるが、こいつらも例外じゃないのか。

「綺麗なのは、それだけじゃないよ」

ベルの言葉に3匹は程度の差はあれど、そわそわと身体を揺らした。
素直な反応に、口の端が上がる。

「それじゃ、そろそろ本日のメインディッシュといくか」

大股3歩で貝殻とビーズのカーテンが下げられた窓まで歩く。
タージャ、と呼ぶと、タージャは軽くジャンプしてオレのフードに入った。

「肩に乗った方が、見やすいと思うぜ」

「ジャ」

するすると、タージャはオレの右肩に移動した。
左肩にもなにかぶつかったと思ったら、チェレンとベルもポカブとミジュマルを抱いて、両隣に並んでいた。

「よし、お前らよく見とけよ」

カーテンに手をかけ、一気に引く。
そこから現れたのは、果てしなく深い青をたたえる海だ。太陽の光を受けて、きらきらと輝いている。空との境界は曖昧で、そのまま続いているかのように錯覚する。
水平線の辺りには、陽炎のように消えてしまいそうなくらいぼんやりとした島影が見えた。

「おっ、リバティガーデン島が見える」

「今日は空気が澄んでいるからね」

「なんだか、いいことありそうだねえ」

緩みきった顔で笑うベルの腕の中で、ミジュマルはこの景色を焼き付けるかのように黒い瞳を見開いていた。
ポカブはチェレンの腕の中で、声を立てて前足をバタバタさせている。
そっと右肩のタージャを窺うと、言葉もないといった様子で――実際、言葉は喋れないが――ぽかんと口を半開きにして、景色にくぎ付けになっていた。

「口、開いてるぞ」

「ジャ!?」

指摘してやると、タージャは慌てて口を閉じ、オレの後頭部に一発ぶち込んだ。
照れ隠しなんだろうが、ちょっとこれは痛い。

「海、少しは好きになったか?」

「……ジャ」

ぷいとタージャはそっぽを向いてしまった。けれど、その瞳は海へと向けられている。きっと、それが答えなんだろう。

「またみんなで、この景色を見たいねえ」

ベルがぽつりと呟いた。
「また」というと、旅から帰ってきた時だろうか。
その頃には、この小さな基地から溢れてしまうくらいに、仲間が増えているだろう。
タージャたちだって進化しているかもしれないし、オレたちも旅を経て成長しているかもしれない。
それでも、きっと変わらずに肩を寄せ合って、この景色に感動するんだろう。

「いいな、それ」

「悪くはないよ」

そんな日を当たり前に思い描いて、3人と3匹で顔を見合わせて笑った。
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