この広い世界の宝物
ポケモンセンターに蝋燭のようなポケモン――対応してくれた職員曰く、ヒトモシというらしい――をつれていくと、すぐに奥の手術室へと運ばれていった。
それから、ひどく長いような、けれど意外と短いような時間が経った頃、手術室から白髪混じりの頭をした男性が出てきた。名札によると、ここのポケモンドクターらしい。
「君が、あのヒトモシのトレーナーかい?」
「いや、オレのポケモンじゃなくて」
オレはドクターに事情を話した。といっても、Nとゾロアのことはどう話せばいいのかわからなかったから、トレーナーに虐待されていたらしいというところだけだが。
「そうか、そんなことが……」
と、皺を刻んだ顔が痛ましげに歪んだ。
「あの、ヒトモシは?」
「命に別状はないよ。今日1日ここで休めば、すぐに元気になる」
「よかった」
オレはほっと息を吐いた。
「ヒトモシの様子、見てもいいですか?」
「ああ、少しだけなら問題ないよ」
ドクターの案内で手術室に入る。
ヒトモシはたくさんの管をつけられて手術台に横たわっていた。傷痕の痛々しさに反して、意外にも寝顔は穏やかに見える。
「ごめんな」
ヒトモシを前にして、口をついてでた言葉がそれだった。
オレがやったことでも、オレの身内や知人がやったことでもないのに、オレと同じ人間がヒトモシにこんなことをしたという事実が、罪悪感となって鉛のように重くのしかかる。
身体の奥にまで侵食していくそれを吐き出すように大きく息を吐き、オレはドクターに向き直った。
「あの、こいつさえよければ、オレが預かってもいいですか?」
「もちろん。君のようなトレーナーと一緒なら、この子も幸せだろう」
「ありがとうございます」
オレはドクターに頭を下げると、音を立てないようにして手術室を出た。そのままポケモンセンターの外に出て、雑踏をかきわけていく。
とくに行くあてがあるわけじゃなかった。当初の目的だったヒウンアイスはもう売れ切れてしまっているだろうし、残っていたとしても今から行列に並んで買う気も起きない。
ぼんやりと歩いていると、ぱっと視界が開けた。
噴水を中心に新緑の生い茂る木々がぐるりと辺り一帯を囲っている。いつの間にかセントラルエリアまで来ていたらしい。
慌ただしい都会の喧噪の中、水の流れる音が響く。その涼やかな水の音色が、ここだけ時間の流れがゆっくりであるかのような気にさせた。
オレは自販機でサイコソーダを買うと、日当たりのいいベンチに座って一口あおった。
首を巡らせて辺りを見ると、きらきらと水飛沫が光を反射する中でヤナップ、バオップ、ヒヤップと踊る3人のダンサー――そのうちの1人に頼まれてメンバーを集めてやったのはオレだ――、木陰に座ってモンメンの毛づくろいをするミニスカートの少女、ドッコラーと一緒にジョギングをする空手王なんかがいた。
「……みんな、当たり前みたいにポケモンと一緒に笑ってるんだよな」
腰のホルダーにつけたモンスターボールを1つずつ軽く放り投げていく。ボールが地面に当たって、ジャノビーのタージャ、ヨーテリーのリク、シママのシーマ、モグリューのグリが現れた。
気落ちしているのが伝わったのか、リクがオレの脚に寄り添って心配そうに見上げてくる。シーマはオレの顔を舐め、グリもベンチに飛び乗ってぽんぽんとオレの膝を軽く叩いた。タージャは肩を竦めると、蔓を伸ばしてオレの後頭部を軽く打った。
もう慣れたけど、タージャの慰めは地味にいてえな。けど、
「ありがとな」
気持ちが嬉しくて、順番に撫でていく。リクは気持ちよさそうに目を細め、シーマは嬉しそうにいななき、グリはくすぐったそうに身を捩り、タージャは仕方なさそうに鼻を鳴らした。
こうしてポケモンたちと触れ合える当たり前さが、今はすごく大切なことのように思える。
「あのさ、ちょっと昔話につき合ってくれないか」
ポケモンたちが各々不思議そうな顔をする。そのなかでリクだけが、なにかに気付いたように耳を立て、真剣な顔で頷いた。
「4年前のことなんだけど――」
そして、オレはリクと約束した時のことをゆっくりと語りはじめた。